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madeleine(demo)
by Mizutamari (From Japan)
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続・令和の日々。

 

 

今年のグラストンベリーの2日目のトリを務めた、THE KILLERSのステージにJohnny Marr先生が

飛び入り参加したようだ。相変わらず低くギターを構えたスタイルが物凄くカッコいい。ちょっと

ばっかりミス・トーンが多いのも、ラフな感じで良い。しかし、アメリカ人のスミス(とキュアー)

信仰は異常。自分たちでは絶対に出せない音楽だからなのだろうが。

 

10年前、マー先生が在籍していた頃のTHE CRIBSの来日公演を思い出した。尊敬する兄貴たちと

3人で行って、ジャーマン兄弟と先生との相性の良さに感動したのが懐かしい。終演後は、先生と

目が合ったのは俺だとかこっち見てくれただとか言い争いになったことも思い出されて、何だか

ほろりとさせられてしまう。そうか。もう10年も前なのか。

 

 

15年勤めた職場を離れて数日、まだ数日しか経っていないのだが、今はまだ、長い休日が続いている

だけのような気がしている。送別会などというものをやってもらったにも関わらず、それが自分の

送別会なのだという気さえ起きなかった。私はやっぱり、何処かおかしいのかもしれない(笑)。

 

勿論、新しい仕事は既に始まっているのだが、文章を書くことだけが仕事となった今、ぼんやりと

自分が思い描いていた理想に近付いたことは間違いないのだし、在宅という業務形態であればこそ、

実現可能なあれやこれやを考えるのは、とても愉快なことだ。

 

とはいえ、人と接しない日々に寂しさも感じている。と、思う。多くの人と共に、接客業を長年

こなしていたのだから、それは致し方ないことなのだろう。

 

この2カ月で全てが変わり、感傷的ロマネスクの波が押し寄せる一方であったが、そろそろ現実に

即した思考に戻らねばならぬ。何をどうしたって、人も環境も変わっていくし、止まることなく

日々は続いていくのである。

 

それでもまだ、この曖昧な、焦点の定まらない心の奥底から湧いて出る奇妙な感情とは、しばらく

お付き合いしなくてはならないのだろう。情けなくもあるし、変わったなと自覚している自分自身に

面白味も感じている。全く、令和という時代は、私にとっては何とも厄介な時代になりそうだ。

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at 01:16, 某ライター, Music(Other)

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つながりたいから、さらざんまい。

 

 

本日、一気に全話観ました。ネタバレ注意。

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at 20:08, 某ライター, Anime(Recommend/Free Talk)

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令和の日々。

 

 

我らが79年生まれのカリスマ、ピート・ドハーティの最近のインタビュー。英語なので

具体的な内容は分からないが、新バンドもスタートさせ、クリーンになった――なった

んだよね(笑)?――ピート氏の姿は、17年前にリバティーンズで衝撃的なデビューを

飾った時から、(年齢を感じるし太ったけど)英国が誇るリバティーンのままである。

 

ここにも書かれているが、彼は基本楽観的で、死にたいと思ったことは無いそうだ。

それは、このインタビュー動画のタイトルでも分かることだろう。彼のようなタイプは、

90年代のミュージシャンであれば、まず哀しい結末を迎えていたのではないか。

そうではなく、今もこうして人生を歩んでいるのは、私たちLATE70年代生まれ特有の

面の皮の厚さ、というやつなのかもしれない。

 

人は、その生涯の最初の四十年間において本文を著述し、

続く三十年間において、これに対する注釈を加えていく。

 

ドイツの偉大な哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアーによる恐ろしい名言である。

今月で40歳になった私は、その年月の中で、どのような本文を著述したのだろう。

逃れることの出来ない本文に対する注釈を、令和という時代に何となくこなしていく

だけなのだろうか。それは分からないが、何となく出来上がった本文でさえも、その都度

加筆修正したくなってしまうのが人生というやつだ。悪足掻きは承知の上で、試してみたく

なってしまうのが人生だ。因果なものである。

 

 

at 16:46, 某ライター, Music(Other)

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