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by Mizutamari (From Japan)
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今夜の90年代ビジュアル系。第三十九夜




第三十九夜 hide "Honey Blade"


1964年の今日、稀代のアーティスト、表現者、ロック・ミュージシャンがこの世に生を
受けた。今年は彼の生誕50周年を記念したドキュメンタリー映画なども公開され、改めて
彼の人が日本のロック……もとい音楽業界、ファッション、様々なカルチャーに、どれほどの
大いなる影響を与えたのかが、如実に示された1年であったとも言えよう。

今日と言う日に私が選んだ曲は、シングル曲でも代表曲でもないこの曲。何故選んだのか、と
問われれば、……好きだからとしか言いようがない(笑)。以前、このシリーズ記事において
"DICE"を取り上げた際に、この曲については少しだけ触れたことがあるが、改めて正面から
向き合ってみたいと思う。おそらく、hide氏が残した珠玉の楽曲達の中でも、問題作と言える
楽曲であるし、しつこいようだがこの曲は私にとってはhide曲の中でもトップ5に入るほどに、
21年前からずっと好きな曲であるのだ。

この曲のテーマ、某フランス映画からインスパイアされた、という話は有名なので割愛するが、
ともあれ濃厚なデカダンス、背徳の瞳……否、背徳の香りが漂う世界観は、この曲が収録されて
いるHIDE YOUR FACEの中でも、異彩を放っている。ハードなギターで彩られたナンバーで
ありながらも、ほんのりニューウェーヴ風のサウンド・テクスチャーが感じられるのが、やはり
hide氏一流のセンスであろう。スラップを駆使したベースも見事にはまっている。狂気じみた
物語の主人公を演じるhide氏のヴォーカルは、それこそ初めてソロ・アルバムを出したギタリスト
とは、とても思えないほど堂に入っている。途中の醒めた語り口にしろ、ヴォーカリストとしての
確かな才能を、聴き手は感じ取るであろう。

以前にも述べた通り、この曲は割合に私の考える音楽ジャンルとしての「90年代ビジュアル系」に
かなり合致した楽曲であるのだが、それでも尚、こういった曲及び歌詞においても、hide氏が
持つ黒いユーモアが、何処か達観したようなリアリズムが、そこかしこに見受けられることに
注目して頂きたい。上述したドキュメンタリー作品を観た今となってはますます理解できるで
あろう、hideというキャラクター像を完璧に演出し、最後まで守り通した松本秀人という人が
持つ本来の資質が、どれほど背徳的、退廃的な世界を描いても、そこに耽美的な価値観が入る
余地が無いという事実に、私は改めて一驚した。一流の表現者として、徹底的に「見られる」と
いう事を極限まで意識して、そこには勿論、当たり前の表現欲求なりナルシシズムなどはあった
のだろうが、常に何処か一歩引いた視点を感じるのが、私にとってのhide氏の魅力なのである。

決してペシミストではなく、享楽的でありながらもリアリストであり、温かい人間味溢れる
素顔と冷徹なまでの現状認識を持った、絶妙かつ微妙なバランス感覚でもって、短い生を
駆け抜けたhide氏の人生、そして音楽は、これからも多くの若い衆を魅了するであろう。
そんなhideの魅力に開眼した若い方々は、是非、"Honey Blade"のような曲にも耳を傾けて
もらいたい。ポジティブでポップな有名曲では感じることのできない、ナイーブな詩情に
流されることは無い、一流の美学が込められたこの楽曲も、hideという多面的な才能を
持った存在が生んだ、美しくも歪なジャンクなのである。

at 23:59, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十八夜




第三十八夜 Deshabillz "裏切りの血舞台"


先に書いておくと、私は90年代当時、このバンドのことは存在とアルバム・ジャケットくらい
しか知らず、実際に音を聴いたのは割と最近の話である。何故に取り上げようと思ったかと
いうと、先日購入したウォークマンをランダム再生で聴いていたら、流れ出したからだ(笑)。

このバンド、知っている人は知っているだろうが、非常に数奇な運命を送ったバンドである。
細かい話はウィキペディアでも参照してもらえればよいだろう。あくまで音楽ジャンルとしての
ビジュアル系を語るこの(超・不定期)シリーズ記事において、彼らのようなサウンドは、非常に
重要な意味合いを持つ。以前に紹介したMerry Go Roundに、ある意味近しいものがあると
言えて、90年代のビジュアル系が持っていた、底知れぬ闇、徹底したダークネス、猟奇趣味、
倒錯した世界観、といったような要素を抽出した結果生まれたような音なのである。

今回取り上げた楽曲は、彼らのデビュー・アルバム「-神従者-」(94年)からの1曲である。
このアルバムについては、nuvɔ:gu(当時はvogue)のCHIKA氏とJEANA氏によるプロデュース、
まだ黒夢に在籍していた頃の臣氏がゲスト参加、という当時の大物が関わっているということで、
おそらくは相当に期待された作品であったのだと思う。強烈なジャケットもインパクト強すぎな
カリスマティックなフロントマン、SHUN氏率いるデザビエが、絶大な(カルト的な)人気を誇って
いたというのも頷ける。肝心の音だが、とにかく暗い。そして限りなくチープ(笑)。だがそれ故に、
得体の知れないパワーを生み出しているというのも否定のできない事実であって、当時はこういう
音もビジュアル系の1つのイメージだったよな、と改めて思い出す。SHUN氏の不安定過ぎる歌、
不安に苛まれること請け合いな歌詞、不安定過ぎる演奏、全てがチープ。これ以上は無いくらいの
アングラぶり。昨今は、90年代前半〜中盤のビジュアル系というカルチャーと世間との関係性など
まるで知らないはずの世代なのに、したり顔で当時はもっとオープンで〜などと宣うビジュアル系
バンドマンがいるらしいが、そういう輩はこういう音を知りもしないのだろう。勿論、知らない
方が幸せなのだろうが……。

デザビエの曲は、楽曲の前に導入されるSHUN氏の前口上のような語りも特徴的で、この曲に
関しては、絶対に地上波では流せない、メジャーだったら即アウトな言葉がさらりと出てきます。
上に貼ったPV映像ではカットされてますね。バンド・アンサンブルという意味では、クリーンな
アルペジオと妙に歪んだギターによるリフ、ルートではない、ちょっとした動きを見せるベース、
手数が多い(上手いとは言ってない)ドラム、といったような、いかにもビジュアル系なサウンドで
あります。上述した臣氏が参加している曲でもあるのだが、明らかにギター・ソロが彼の手による
ものであろう。ソロになった瞬間に一気に楽曲全体のクオリティが上がる錯覚にすら襲われるのが
笑えます。もはやソロだけ浮いてる気がする(笑)。


デザビエの音楽を文章にして表現する場合に避けては通れない、本来ならマイナス要素であるはずの
否定的な言葉の数々は、不思議なことにそのままデザビエの個性、魅力へと繋がっている。横浜を
拠点として活動していたという彼らは、エクスタシー系よりは初期名古屋系からの影響を感じる
のだが、同時にそのどちらとも違う立ち位置で、その実多くのビジュアル系バンドマンに影響を
与えたのではないかと思う。SHUN氏の作り上げたヴォーカリスト像もまた、ビジュアル系という
ジャンルが元々持っている、最も暗い側面を形にした端的な一例なのではないかと思う。同時に、
SHUN氏には何処か(暗い)ユーモアが感じられるのも面白い。後に音楽活動から離れていた彼が、
KISAKI(La:Sadie's)氏のプロデュースの元でシーンに戻って来ることを鑑みるに、ビジュアル系の
歴史の地下深く、闇の中で続いてる血脈の源には、デザビエのようなバンドがいるということを、
特に若い衆には知っておいてもらいたいと思う次第である。勿論、知らない方が幸(以下略)。
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at 23:35, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十七夜




第三十七夜 media youth "Damegeの甘い罠"


去年生誕50周年を迎えて、今年はドキュメンタリー・ムービーも公開される、故hide。
その盟友であり、hide with Spread Beaverの一員であり、数多くのバンドに参加した
キャリアを持つギタリスト、KIYOSHI氏が90年代においてメインのバンドとして活動
していたのが、このmedia youthである。一時期、X-JAPANのHEATH氏が在籍していた
ことでも有名……有名なのだろう、その界隈では(笑)。ともあれ、今年の5月2日は、
そんな彼らを取り上げたいと思う。

彼らはそもそもエクスタシー・レコードから作品をリリースしており、活動休止期間なども
あるようだが、バンドのキャリアという点においては、LUNA SEAやZI:KILL、Gilles de Raisに
LADIES ROOMといった、由緒正しき90年代ビジュアル系、その黎明期を代表するバンド達と
同世代の存在と言えよう。尚、私が彼らを知ったのはメジャー・デビュー以降の話ではあるが。
当時は音楽雑誌などでも、頻繁に取り上げられていた記憶がある。

今回取り上げる楽曲は、96年にリリースされたシングル曲。「ルパン三世 DEAD OR ALIVE」の
主題歌にも起用され、ビジュアル系に興味は無くとも、この曲は覚えているという私と同世代
もしくは下の世代の方もいるのではなかろうか。聴けば分かるが、シンセやストリングスの音
なども大胆に採用しつつ、ダンサンブルなリズム感覚(デジロック!!)と共に、疾走するAメロ→
Bメロとしか言いようのないBメロ(笑)→メランコリックなサビ→がらりと曲調を変えた鮮烈な
大サビ、というMID-90'SなJ-POPS〜ビジュアル系が歌謡曲的アプローチをするとこうなる、
といったような展開がなかなかにドラマティック。ドラムはおそらく打ち込みだと思うが、
インディ時代はドラマーが在籍しており、その時期の音を聴くと、ロック・バンドとしての
アンサンブルを強調しているのが分かるので、当時のエクスタシー界隈では異彩を放つキャッチ―さ
はともかく、メジャー以降は所謂バンド・サウンドという形式に囚われない音作りを、KIYOSHI氏が
意識していたのだろうなと想像できよう。作詞家に松井五郎氏(!)を迎えているのも特徴的というか
象徴的で、メジャー期における唯一のアルバムSPIRAL COLORSの収録曲のほとんどが、松井氏の
手による作詞であることからも、その辺りの事情が伺えるというものだ。勿論、メジャーレーベル
側によるテコ入れ、という可能性も十二分に考えられるが(苦笑)。

今改めて聴くと、ペニシリンとグレイの間を行くような音、なんて感じもする。キャッチ―である、
ということを恐れない姿勢を感じさせるKIYOSHI氏の作曲センスは。もっと評価されて然るべき
ものなのかもしれない。ギタリストとしてのテクニックは正直それほどではないと感じるのだが、
HR/HM畑からNWに接近しました、みたいな感性がhide氏との近似性を見出せるし、今井寿氏
(lucyで共に活動)、HAKUEI氏(言わずもがなmachineを一緒にやっている)といった存在に重宝
されて、愛される所以なのだろう。ヴォーカルのDAISUKE氏は、はっきりとした発声が特徴的な
歌い手で、決してテクニシャンとは言えないが、この手の界隈では珍しく(笑)、歌詞がちゃんと
聞き手に届くのが好印象。ルックスも良く、ステージ映えすることは疑いようがない。ちなみに
まだまだ現役で活動中。今の方が化粧バリバリってのも凄い(笑)。ベースのHIROKI氏は、それこそ
現在ペニシリンのサポート・メンバーとして活動しているそうだが、彼は明らかにテクニシャン。
ベースを低く構えて、指弾きで放つグルーヴはかなり強烈。ベーシストらしいルックスもカッコいい。
こうして見ると、何というか、もっと可能性があったバンドなのに……と思う。メジャー以降は
KIYOSHI氏がhide with Spread Beaverの活動に(おそらくは)専念する為にまたも活動休止、
そしてhideの突然の死、その後はhideに捧げる楽曲をリリースして、解散してしまったのが残念だ。
これもまた、90年代ビジュアル系の1つの王道パターンかと思うとせつない気もするが、こういう
色々な可能性を感じさせるバンド(ぽっと出というわけではないキャリアもある)の上昇を阻むほどに、
層の厚いシーンが存在していたのが、90年代という時代なのかもしれない。
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at 13:44, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十六夜




第三十六夜 Sleep My Dear "Dear & Hate"


当ブログにおいても何度か言及している通り、今の若い音楽ファン……もっと言えば、
音楽に目覚めた思春期の時点で、YOUTUBEが音楽を探る為のツールとして、当たり前の
存在になっていたような世代にとっては、音楽史的な、時系列などは意味を成さないもの
であろう。関連動画で次から次へと脈絡も無く、時代を超えて音楽を知ることが出来る
のは、良くも悪くも今の音楽リスナーは勿論のこと、音楽を提供する側、バンドマンや
アーティストにも波及しているというのは、紛れも無い事実と言える。

この前置きからのスリープ・マイ・ディアーという流れは何故なのか、という大いなる
疑問が生じるのは、まあ必然かと思うが(笑)、まさに上述したような音楽の聴き方をして
いる職場の後輩(20代前半♀)から、久々にこのバンドの名前を聞いたので、今回取り上げて
みようと思った次第である。

おそらく、彼らについて初めて書く以上、一番有名であろう95年リリースのデビュー曲
"Ask for Eyes"を取り上げるのが、本来なら適切かとは思うのだが、あえて96年リリースの
この楽曲を推したい。何故かといえば、それは単に私が当時この曲を好んで聴いていたからに
他ならない。要するに、いつもの理由である(笑)。毎度お馴染み、テレビ埼玉でよく流れて
いたことも、実に懐かしい。

時代を感じさせるPVを見ながら聴けば分かる通り、ヴォーカル氏はもろに故hideを意識して
いて……いや、少なくともデビュー時は清春とhideの間みたいな雰囲気だったような気がする
のだが、この映像では赤黒のボーダー柄のモヘアセーターを含めて、完全にhideです。
メンバーも化粧をだいぶ落として、楽曲自体も名古屋系の面影はほとんど無い、ポップさを
全面に押し出したものとなっている。このポップさ加減も、hideのソロを意識していたのかも
しれないなあ。人によっては噴飯ものかもしれないが、高校時代の私はこのポップ具合が
好きだったんです。なのでしょうがない。まあ、今も好きだし(笑)。

そもそも、彼らは銀薔薇ことSILVER-ROSEのローディーを中心として名古屋で結成された
バンドであり、ティアーズ音楽事務所に所属、上述したデビュー曲はもう完膚なきまでに
名古屋系していた(ラスト付近のガラスの割れる音!!)ことも踏まえて、由緒正しき90年代
ビジュアル系、そして名古屋系なバンドである。化粧を落として楽曲の雰囲気も変わって、
だがしかし90年代後半のビジュアル系バブルには乗れずに解散、という流れも、いっそ
清々しいほどの王道を歩んだバンドだと言えよう。


ちなみに、ベーシストのYASUMICHI氏は、同じ事務所所属だったペニシリンのO-JIRO氏と
808(やおや、と読む)なるユニットをやっていたマニアックな歴史もある。言うまでも無く、
808 STATEから拝借したのだと思うが、実際、打ち込み主体の楽曲をやっておりました。
今、もう18年振りくらいに聴いているが……うん、これはやばい(笑)。モンドのような、
テクノポップのような、チープなサウンドに頭が溶けそうになること請け合いだ。

at 00:08, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十五夜




第三十五夜 Laputa ‟Breath


今日、といっても日付が変わってしまったが、ともあれ2015年最初の日はとても
寒く、気付けば雪がちらついていた。大雪になるようなこともなく、一瞬の、気紛れの
ような雪であったが、埼玉暮らしで職場が東京という私としては、やはり雪が降るという
ことは、ちょっとした特別な気持ちにさせられる出来事なのであろう。

雪をイメージさせる楽曲は、おそらくビジュアル系においては多く存在しているだろうが、
今夜はこの美しい名曲を紹介したいと思う。99年にリリースされたシングル曲で、現在も
放映されている事をたった今知って吃驚した(笑)、「ランク王国」のOP曲でもあった楽曲だ。

エフェクターをかましたギター・カッティング、動き回るグル―ヴィなベース、手数の多い
ドラムスといったバンド・アンサンブルの上に、伸びやかなメロディが乗るという、いかにも
ビジュアル系らしい楽曲だが、正直文句の付けようのないクオリティに、今尚驚かされるものが
ある。Laputaの残した楽曲の中でも、どちらかと言えばポピュラリティの高いメロディである
のだが、同時にLaputa節炸裂の、簡単に真似をすることなど出来ない美旋律(Aメロの終わり
部分の、不思議な響きを持ったコード展開を聴いてみるがいい)が、あまりにも鮮やかに聴く者の
胸を打つのだ。「雪化粧」と「死化粧」という歌詞の鮮烈な対比も良い。いずれにせよ、以前にも
言及したように、00年代以降のV系と称されるバンド達が無くしてしまった、安易な共感などは
許さない美学が、見事に昇華された結果生まれた楽曲である、と言えよう。楽曲の持つ雰囲気
そのままのPV映像も素晴らしい。

ちなみに、この曲(以前紹介した “Feelin' the Skyも)が収録された、彼らにとってメジャー
通算4枚目となる「翔〜カケラ〜裸」は、その後ベスト盤をリリースしてレーベルを移籍する
ことも踏まえて、90年代を駆け抜けた彼らの全てが詰まったような名盤である。LATE 90'S的な
香り濃厚な、同時代の洋楽からの影響を、特に歪ませたギターの音作りにおいて非常に感じるのが
面白いし、彼らが90年代後半のビジュアル系バブルとは全くもって無縁であったことが、痛いほど
よく分かる作品となっているのだ。それ故に、高潔な美学故に、商業的な結果に繋がらなかった
ことは残念ではある。それでも作品の価値は永遠なので、今の若いビジュアル系ファンには是非
手に取ってもらいたいと思う。いや、むしろV系などと呼ばれているバンドがLaputaを聴け!!
そう思っているオールドスクールな90年代ビジュアル系ファンは、きっと多いことだろう……。


↓ この合唱シーン!! ああ、これぞビジュアル系のライブだなあ、と私は思う(笑)。

at 01:24, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十四夜




第三十四夜 REDIEAN;MODE ‟去りゆく君と置き去りの僕”


2014年も終わるという今日この頃、久々過ぎるこの不定期連載記事で、何故にこの
バンドを取り上げてしまったのか。もちろん意味は無い(しいて言えば、YOUTUBEの
関連動画に出てきて、そういえば取り上げてなかったな、と思ったから)。

ともあれ、ビジュアル系という分野において、様々な事があった2014年。当ブログで
おそらく今年最後になるだろうビジュアル系関連の記事に登場して頂くのは、知っている
人はおそらくリアルタイムで聴いていた方々か、某アニメの主題歌を覚えているという
アラサーな方々であろう。REDIEAN;MODE(リディアンモード)である。

1991年に結成、92年にメインとなるメンバーが揃ったという事を考えると、疑いようのない
90年代初期ビジュアル系バンドの1つであろう。とはいえ、所謂ビジュアル系として活動して
いたのはインディ期の頃だけで、メジャー進出と同時に化粧を落とし、ライトなパンク風の
ファッションへと移行、数枚のアルバムをリリースするも、98年に解散、というある意味に
おいて王道な流れを歩んだバンドと言える(03年に復活していたそうだ。その後は不明)。

さて、肝心の楽曲の話になるが、この曲はシングルというわけではなく、メジャー1STの
「飴と鞭」(94年作)に収録された楽曲である。何故この曲を選んだかというと、まだほんのり
メンバーが化粧しているから……というのもなくはないが(笑)、楽曲自体に、MID-90'Sな
ビジュアル系の残滓がへばりついているから、である。もっと言えば、かなり名古屋系の
匂いがするのだ。マイナー・コードで綴られる疾走感溢れるメロディ、シンコペーション
全開なリズムで構成された楽曲は、かなり目立つベース・ラインも含めて、素晴らしく
‟ビジュアル系”している。但し、ヴォーカルの言葉をはっきりと発声する歌唱法に関しては、
むしろ80年代ビート・ロック的で、しゃっくり上げるようなビジュアル系特有の歌い方とは
一線を画しているのが面白い。上手いというわけではないが、耳に残る声をしている。
もちろん、PV映像に刻まれたメンバー(特にヴォーカリスト)の横揺れな動き!! これこそが
ビジュアル系の正当なる血統の持ち主ならではのパフォーマンスであることも、ここでは
強調しておくべき事実であろう。

おそらく、彼らは同じ94年にデビューしているグレイや、後のソフィア辺りの走りというか、
先陣を切ってビジュアル系バンドをポップに変化させたバンドだったのかもしれない。これは
偶然なのだが、リディアンモードがインディーズで活動していた頃をよく知っている人が
私の知り合いで、彼から少し聞いた当時の話を鑑みても、90年代初期に主流であった、所謂
エクスタシー系やフリーウィル系界隈には属さない活動をしていたらしく、それでいて相当な
人気を誇っていたというのだ。でも、彼らはグレイにはなれなかったし、ソフィアにもなる
ことはなかった。97年にメジャー・デビューしていたとしたら、もしかしたら……などと
考えるのも詮無き事であろう。

自分で書いていて思ったが、奇しくも今年はリディアン・モードがメジャー・デビューして
から20年なのだ。やはり94年という年は、ビジュアル系ファンにとってはいつまでも記憶
しておくべき年だと言える。伝説となったバンドも、知る人ぞ知るといったバンドも、
多くのバンドが大いなる野望と夢を持ってデビューした年。その20年後という節目である
今年、2014年の年末にこの文章を残すことも、意味があることだと今は思うのだ。


うむ、上手くまとまった(笑)。

at 23:01, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十三夜




第三十三夜 Guniw Tools ‟ヨモギの心”


グニュウ・ツール。もちろん造語であるが、何とも心に残るバンド名ではある。
今年再始動が決定したそうで、久々のこのシリーズ記事にて取り上げようと考えた
次第。彼らをビジュアル系という括りだけで捉えるのは無理があるだろうが、同時に
彼らほど「ビジュアル」を意識したバンドはなかなかいないことも事実なのだ。

バンドの詳細は各自調べて頂ければと思うが、私個人としては、彼らの名前を認識
したのは、フロントマンの古川とも(Full)氏(当時はメジャー・デビューしたばかりで
あった)が、BUCK-TICKの名曲‟キャンディ”のPV監督に抜擢された辺りが最初。雑誌などで
櫻井敦司氏と対談なんかもしていたので、この奇妙なバンド名と共に、存在を認識するに
至ったのである。のめり込んで聴いていたわけではないが、初期のメイン・コンポーザー
であるJAKE氏(Gt/後に脱退)が在籍していた頃のサウンドは、完膚なきまでに80'S~90'Sな
英国音楽満載(同時代的、とも言える)で、Full氏独特の映像的才能に満ちた詩は、やはり
私の好みではあった。

今夜取り上げるのは、彼らにとってはメジャー・デビュー2枚目となるシングル曲で、
ほんのりサイケな匂いと、Aメロの極端な低音メロディ、メロディアスかつセンシティブな
サビとの対比が、実に鮮烈で奇妙にポップな楽曲である。ヨモギの心、蓬心という言葉が
あるようで、意味は蓬(よもぎ)のように心に邪念や欲などがはびこる様、といったような
意味になるそうだ。漢詩的な教養などが無いと、なかなか出てこない言葉だし、ほぼ全ての
楽曲に映像をも作成してしまい、アートワークなども手掛けた才人、古川氏の多面的な才能は
改めて驚嘆に値するものであろう。この曲に関して言えば、想像するに、日和見主義への糾弾
というか、皮肉? ラストの「枯れ草を案じて 火を放てば 必ず又 新たな芽をだしてつながる」
という一節に、毒を以て毒を制すといったような、捻くれた態度が垣間見えて、実に興味深い。
サウンド自体は、JAKE氏がおそらく影響下にあるのであろう洋楽の換骨奪胎といった雰囲気も
強いが、こういったセンスと、北海道出身というルーツに則った、大自然をテーマにした世界観
に、社会的な問題意識、大衆へのアイロニーやニヒリズムといった視点を溶け込ませた独自の
発想は、今更ながら再評価されて然るべきものだ。

実際、彼らは同業者からの人気も高いようで、当時、もう1人のギタリストであるASAKI氏と
今井寿氏が対談していた記憶があるし、古川氏はPLASTIC TREEの有村氏と交流があると聞いて
いる(確実に有村氏が影響を受けたのだろうなあ)。古川氏のルックス、そのキャラクター像は
90年代後半のビジュアル系フロントマン達に、何らかの影響を与えていると思うし、おそらく
デヴィッド・シルビアン辺りがルーツなのであろうヴォーカル・スタイルも含めて、やはり
グニュウ・ツールもまた、90年代ビジュアル系カルチャーが生んだ奇妙で面白いバンドの
1つなのだ、と書いておこうと思う。


↓ 古川氏作のPV映像。こういう、映像から小物まで何でも作れる人って、憧れるなあ・・・。

 

at 00:00, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十二夜




第三十二夜 Baiser ‟プリズム”


本日、カラオケに行った際に血迷って思わず歌ってしまったこの曲。言わずもがな
彼らの楽曲の中では、アニメ作品とのタイアップということもあり、もしかしたら
ビジュアル系に興味の無い人にとっても、思い出に残っているかもしれない(笑)
曲であろう。99年、つまりビジュアル系ブームはほぼ終焉を迎えていた時期の
リリースであることを念頭に置いて、拙文を読み進めていただければと思う。

そもそも彼らの歴史は古く、91年頃にヴォーカリスト(キャリアを通じての唯一の
オリジナル・メンバー)である紫(ゆかり、と読む)氏を中心に結成されて、93年には
デモ・テープという形で音源を残している。94年にリリースされたデビュー作となる
「接吻」は、同日発売となったDeshabillzの「神従者」(濃過ぎだろ・・・)と共に、かなり
話題になったようだ。私は残念ながら、Baiserを知ったのはメジャー・デビュー後の
‟くちづけ”からなので、当時の状況は分からないのだが、インディではカリスマ的な
人気を誇っていたようだ。とはいえ、メジャー・デビュー前にヴォーカリスト以外の
メンバーをほぼ総入れ替え、という経歴から見ても分かる通り、インディ時代と
メジャー時代とでは、かなりサウンド志向が違っていることも、特徴的である。

当時上述した‟くちづけ”を初めて耳にしたときに、微妙なサウンド・プロダクション
のしょっぱさと、どうにも平坦な歌唱力に、正直「こんなんも出てきたか・・・」などと
失礼なことを思った記憶があるのだが、インディ期の楽曲を聴くと、初期ルナシーや
名古屋系に影響を受けたと思しき、ダークで2ビート全開、といった激しい楽曲が多くて
驚く。そこに、あの紫氏特有の線の細い歌声が乗っかるので、うーん。更に不思議なことに、
彼らのディスコグラフィにざっと目を通したところ、作詞作曲共にほとんどを手掛けて
いるのは紫氏なのである。要は、彼の趣味嗜好が変わった結果、メジャー・デビューを
果たせたということになる・・・のかは今となっては知る由も無いが、とにかくこの楽曲を
聴いて、このバンドに興味を持った若いビジュアル系ファンがいたとしたら、パンク時代の
黒夢を聴いてファンになった人が他の音源に手を出すのと同じような意味合いで、注意が
必要だと思うわけだ(笑)。

本題に戻ろう。この‟プリズム”は、もちろん作曲は紫氏の手によるものだが、作詞に
何故か森雪之丞御代を迎えている。サビの三連符全開なメロディといい、締めで炸裂
するオーケストラ・ヒット(笑)といい、いかにも森雪之丞的な世界観に満ちているのだが、
同時に紫氏の甘い繊細なメロディ・センスが融合し、それなりに安定したサウンドと共に、
キャッチーで良質なビジュアル系的佳曲を作り上げている。特に小技の効いたドラムスの
なかなかの上手さは強調しておきたいところ。LEVIN氏(ラクリマ)ばりに愛嬌振りまくりな
ドラマー桂氏は、知っている人は知っているだろうが、元々SHAZNAのメンバーであり、
むしろシャズナのNIY氏の弟君である。女形である紫氏、派手なルックスにキャッチ―な
楽曲・・・こう考えると、レーベル側としてはシャズナの後釜的な存在として、BAISERを
売り出したかったのだろうな、と想像する。しかし時は既に遅し、ビジュアル系ブームは
冒頭で述べた通りほぼ終焉を迎えており、彼らも大きなブレイクを果たすことなく解散して
しまう。当時の狂騒に翻弄された多くのバンドの中の1つ、と言ってしまえばそれまでなの
だろうが、解散後に亡くなられたベーシストの泰祐氏が元ペニシリンのギタリストだった
事実など、ビジュアル系の歴史を紐解く上で、欠かせないバンドであることは間違いない
と思う。・・・たぶん(笑)。


↓ ライブで聴くと、思ったほど下手ではない紫氏のヴォーカル。とにかく、抑揚が無い
というか、表現力に欠けているのが残念ではある。これはこれでいいと思うけど。

at 23:22, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十一夜




第三十一夜 L'Arc~en~Ciel ‟さようなら”


先日、4年ほど同じ職場で働いた後輩が他店舗に異動となった。可愛くて賢い、という
素晴らしい女性で、正直異動の話を最初に聞いた時は、途方に暮れそうになったが(苦笑)、
それこそ「君が選んだことだから、きっと大丈夫さ」ということで、新しい門出を心から
お祝いしたいと思う。とはいえ今月中盤には、以前同じ職場でお互い切磋琢磨しながら
勤務して、異動になってからも色々とお世話になった方が退職されることもあり、日々の
慌ただしさに忙殺されながらも、決して同じではいられないのだな、やっぱり自分は
基本的に見送る立場なのだな、などと再認識している次第である。


さて、そんなオッサンの感傷的な前置きはともかく、別れをテーマにした楽曲というのは
ことビジュアル系においては定番の1つであろうと思う。そんなことを考えながら、ふと
思い浮かんだのが今夜紹介するこの曲。永遠の名曲flowerのカップリング曲、という
立ち位置的には地味ではあるのだが、当時から隠れた名曲としてコアなファンには人気が
高かったと思う。現在ではベスト盤などにも収録されているようで、それなりに周知
されている・・・はず。私自身も当時からこの曲が大好きで、今回久しぶりにじっくりと
聴いて、改めてこの楽曲の素晴らしさに感動してしまった。

Cmaj7を基調とした、シンプルながらセンスのあるコード進行で展開していくのだが、
決して暗くはないのだけど、何処か物悲しい雰囲気を持っているのが特徴的。hyde氏の
ヴォーカルは、優しく語り掛けるような歌い回しで、別れと新しい旅立ちを予感させる
ような歌詞の切なさを、より効果的なものとしている。イントロで聴けるロング・トーン、
Bメロのディレイを多用したプレイなどはいかにもken氏らしいフレーズ満載で、アコギ
との絡みも実に美しい。tetsu(当時)氏は指弾きでルートを8分で刻む、という彼にしては
珍しいシンプルさだが(笑)、所々で動きまくりうねりまくりなプレイを魅せてくれます。
sakura氏のドラムスも基本的に派手さは無いが、メロディにしっかりと寄り添うような
プレイで実に素晴らしい。Cメロでhyde氏のヴォーカルが、ドラマティックな激情を
炸裂させるところで、きっちりそれに呼応するかのようなドラムス(他の楽器も)になって
いるところにも、注目してもらいたい。

このような、絶妙な雰囲気、ムードが重要視されるタイプの楽曲は、多少なりともキャリア
を積んだバンドでないと上手く演奏することが難しいものである。アレンジにも気を遣うし、
何よりセンスが問われる。その点、流石はラルクと言えるだろう。

この曲がリリースされたのは96年のことで、日本中に彼らの名を知らしめた大傑作
Trueの先行シングルとして、‟風にきえないで”‟flower”‟Lies & Truesという
完璧な3曲が立て続けに発表された、というのは今更言及するまでもないだろうが、
この3曲のカップリング曲は、どれも最高の出来栄えである、ということは強調
しておきたい。それぞれ、I'm so happy”‟さようなら”‟賽は投げられた”という、
おそらく今でも人気の高い楽曲たちなのである。ビジュアル系は非常にシングルの
B面曲、というものにある種の偏愛を抱いているように思うのだが、ラルクに関して
言えば、彼らが好きな英国ロックは7inch文化が今も重要視されており、シングルの
B面曲はそのバンドの本質が浮き彫りになっていたりする場合が多かったりもする
ので、おそらくそういう面においても影響を受けたのかな、と思う。当然ながら
サウンド面でも影響はかなり感じられて、I'm so〜がレディオヘッドを参考に
したというのは有名な話だが、‟さようなら”は改めて聴くと、何となくではあるが
スウェード辺りを彷彿させる。The Living Dead”‟My Dark Star”‟Modern Boys
とか思い出したよ。考えてみると、どれもシングル曲のB面なんだよなあ。

洋楽的センス、というのは微妙な表現ではあるが、昨今の若いビジュアル系が、
洋楽と言えばメタルコアやスクリーモ、エレクトロなどの上辺をなぞったような音
ばかりに執着している傾向にあることを思うと、やはりラルク・アン・シエルの
持つ音楽的背景及びセンスは、当時からモダンでありつつも、今尚古びることは
ない輝きがある。B面曲、という立ち位置だからこそ、その事が如実に伝わって
くるのだろう。そんなことにも留意しつつ、この楽曲の絶妙な魅力を味わって
みて欲しいと思う。

at 02:46, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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今夜の90年代ビジュアル系。第三十夜 〜特別な夜〜

今年、2014年は何かとビジュアル系業界においては、もっと言えば90年代
ビジュアル系界隈においては、非常に慌ただしい年という様相を呈してきた。
20年前の94年という年は、ビジュアル系という音楽ジャンルの歴史の中で
非常に重要な年であり、エポック・メイキング的な年である、ということは
以前から何度もこのシリーズ記事で述べているが、その1994年に、とある
シングルが3枚リリースされたことを、皆様は覚えていらっしゃるだろうか。

この説明だけで「え、まさかあのこと?」となった方々は相当やばい人です(笑)。
そもそも、ジャンルという意味では私の考える90年代ビジュアル系サウンドとは
違うのだが、音楽史的な文脈で捉えると、やはり重要な(そして特異な)位置を
占めていると言わざるを得ない楽曲たちなのである。実際に、90年代を生きた
バンギャルさんの中でも、「知っていないと話にならない」というポジションで
あるそうだし、やはりこの記事で取り上げるべき作品群だと私は確信している。

もちろん、この時期にもっと取り上げるべき90年代ビジュアル系楽曲はたくさん
あるのも承知の上だが、今夜紹介しようとしている楽曲群が内包している・・・
いや、内包どころか赤裸々にあからさまに投げかけたテーマは、日本の音楽史に
刻まれた、危険な、「スキャンダラス」な問いなのである。以下、本文は続きから。
 
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at 02:07, 某スタッフ, Music(Visual-Kei)

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