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by Mizutamari (From Japan)
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LUNA SEA 「SHINE」

 

 

1998年の今日、LUNA SEAにとっては通算6枚目(メジャー5TH)となるアルバム、

SHINEがリリースされた。オリコン・チャートは余裕の初登場1位を獲得して、

ミリオンセラーを達成している。

 

何はともあれ、本作は前年の1997年に、メンバー各々がソロ活動に専念した後で、

再びLUNA SEAが集結して、作り上げられた作品であるというのは、今更な話では

あるが言及しておかなければなるまい。私個人としても、94年の中学三年生の時に

ファンになって以来、自分の心から好きなバンドが1年とはいえ活動休止するという

自体に直面したのは初めてのことであったし、RYUの河村隆一としての破格の成功や、

いちいち物議を醸し出すような事を口にしていたJ氏(笑)のインタビュー記事なんかを

読みつつ、それでもLUNA SEAなら凄いものを作ってくれるだろう、更に凄いバンド

として帰ってくるだろう、そんな風に考えながら、それぞれのソロ作品も楽しみつつ、

バンドの再始動を待っていた記憶がある。その間に、hideの死というあまりにも悲しい

現実を乗り越えなくてはならなかったのだが――。

 

世間的にも、やはり河村隆一のバンドということで(あくまでLUNA SEAを今まで全く

知らなかった世間、の話だ)、彼らの再始動は話題の的であったし、98年の4月から毎月

リリースされたシングルは、軒並みオリコン1位を獲得(例外有。後述します)。時代的に

CDバブル最盛期というのもあったが、彼らは最早ビジュアル系のトップ・バンドなどでは

なく、日本を代表するロック・バンドとして、圧倒的なライブ動員数を誇り、商業的にも

成功を収めた存在となっていたのだ。

 

そんな対外的なお膳立ても含めて、リーダー不在で全員がイニシアチブを握り、誰かの

趣味嗜好に偏ることはない、という方法論は決して不可能ではないという、LUNA SEAの

根っこにある基本的態度は本作でどのように表現されたのか。結論から言うと、その

バランスが崩れ始めたアルバムなのだろう。良くも悪くも。

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at 00:00, 某スタッフ, Music(20th Anniversary)

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Cocco 「クムイウタ」

 

 

1998年の今日、Coccoにとっては通算で2枚目となるオリジナル・アルバム、

『クムイウタ』がリリースされた。

 

――前回の記事から1カ月近く、最高だったPHOENIXの来日公演のレポート記事も書かず、

そもそもプライベートでも仕事でも慌ただしく、挙句の果てには39歳になっていた――

のはいいが、本当に久々に、仕事ではない文章をこうして書いている。偶然ではあるが、

前回のBONNIE PINKに引き続き、90年代を代表する女性SSWの傑作アルバムについての

記事となった。1998年という時代ならではのものかもしれない。

 

Coccoに関しては、パブリックなイメージもかなり強い人だし、多方面からの切り口で

語ることの出来るアーティストであろう。私はいつも通り、このシリーズ記事においては、

リアルタイムで出会った「音」として、当時の事を思い出しながら好き勝手に書いていく。

 

19歳になったばかりの、更に言えば英米のオルタナを中心とした洋楽にどっぷり漬かっていた

私にとって、このアルバムとの出会いは衝撃的なものであった。10代で出会った作品の中でも

その衝撃度、感動、聴きまくった回数(笑)、どれも上位に入るものである。こんなアルバムが

チャート1位になったのだから、ヤバい時代だったなあ……。

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at 21:53, 某スタッフ, Music(20th Anniversary)

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Bonnie Pink 「evil and flowers」

 

 

 

1998年の今日、Bonnie Pinkにとっては通算3枚目となるオリジナル・アルバム

evil and flowersがリリースされた。

 

さて、ボニーピンクである。先に書いてしまうと、私が彼女の音楽をまともに聴いていた

のは次作Let Go(00年)までであって、こんな風に20周年を祝う文章などを書いていい

ものか、なんて思わなくもないが、19歳当時の私は、このアルバムを知って以来、毎日の

ように聴いていたのだから、まあ許して欲しい(笑)。

 

私たちの世代であれば、彼女の名前は某アニメの主題歌にもなった"It's gonna rain!"

知った人も多いのではないか。私はその時点ではそこまで興味を持つことは無く、

当時流行していたスウェーデン・ポップ、並びにトーレ・ヨハンソンというブランド

(当時はブランドといっていいレベルだった)にも、幾つかのアルバムを聴いてはいたが、

別段惹かれるものではなかった。考えを改めたのは、本作リリース後にシングル・カット

された"金魚"を偶々耳にしてから。物凄い衝撃を受けて、即アルバムを購入した事を

今でも覚えている。そのまま前作Heaven's Kitchen(97年)、デビュー作である

Blue Jam(95年)と遡って聴いたことも懐かしく思い出される。

 

90年代後半は、coccoや椎名林檎、aikoに川本真琴、そして宇多田ヒカル等々、強烈な才能と

個性を持った女性SSWが続々とデビューを果たし、商業的にも大きな成功を収めたが、

その中でもいち早くデビューし、特大ヒットに恵まれたわけではないが、独自の路線を

歩んでいたボニー・ピンク。繰り返しになるが、彼女の事を詳しく語れるような知識も

思い入れも無い、そんな私にも本作の存在はとても重要なものであって、10代で知った

大切なアルバムの1つである。以下、いつも通り好き勝手に書かせて頂こう。

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at 00:00, 某スタッフ, Music(20th Anniversary)

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BUCK-TICK 「SEXY STREAM LINER」

 

 

1997年の今日、BUCK-TICKにとっては記念すべき通算10枚目となるオリジナル・アルバム

SEXY STREAM LINERがリリースされた。B-Tが87年にメジャー・デビューを果たしてから

ちょうど10年目のアルバムであり、かつマーキュリー在籍時唯一の作品という、BUCK-TICKと

いう日本が世界に誇る偉大なバンドのディスコグラフィの中でも、ある種特殊な立ち位置にある

作品であろう。

 

それでは、肝心の中身はどうだろう。私が思うに、本作のサウンドが持つ独自性は、それこそ

RADIOHEADのOK COMPUTERがあり、The ProdigyのThe Fat of the Landがあり、

PRIMAL SCREAMのVanishing Pointがあり、テクノ畑でもロック色の強い、当時の言葉で

言えばデジロック(笑)御三家のThe Chemical BrothersのDig Your Own Holeが(OASISの

ノエル・ギャラガーが参加した"Setting Sun"が街でよく流れておりました)、ドラムンベースの

重要作、Roni Size/ReprazentによるNew Formsがあり、……といったような、97年という

時代の空気をはっきりと感じさせながらも、20年経った今も、際立ったオリジナリティは全く

色褪せることはないものだ。鬼才、今井寿氏の時代性と未来志向が共存するセンスが爆発し、

ジャンルレスなノイズが飛び交い、実験的であり、非常にユニークなアルバムと言えるだろう。

私個人としては、特に90年代のB-Tの作品群はもっと世界へと発信すべきであった、否、今改めて

発信すべきと考えているが、本作のサウンドは、それこそ同時代的な評価が日本の音楽メディアに

おいて、もっとあれば……などと夢想している。もしかしたら、その後のB-Tの20年が全く違った

ものになっていたかもしれない。あくまで、一音楽ファンの妄想に過ぎないが。

 

 

勿論、当時高校三年生だった私がそのような感想を抱いたわけもなく、むしろ戸惑いの方が

大きかったような気もする。同時に、その戸惑いの中から多くの音楽を知り、20年後の音楽廃人

としての道筋がますます定められてしまったのかもしれない(笑)。

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at 00:00, 某スタッフ, Music(20th Anniversary)

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Dragon Ash 「Mustang!」

 

 

1997年の今日、DRAGON ASHにとっては初のフル・アルバムとなるMustang!がリリース

された。同年の2月にミニ・アルバムThe Day dragged onでメジャー・デビューを飾り、

4月には同じくミニ・アルバムのPublic Gardenを、10月にはアルバムの先行シングル

となった"Rainy Day And Day"をリリース……と、ハイスペースで作品を発表してきた彼らの

最初の第一歩は、全15曲64分というボリュームの大作であった。

 

 

さて、ドラゴン・アッシュである。拙ブログに彼らの記事を書くことになろうとは、2017年の

現在までブログなるものを続けていなければ、恐らく有り得なかったであろう(笑)。

私は彼らのハードコアなファンでもなんでもないし、好きで聴いていたのは、1年後にリリース

されたセカンド作Buzz Songs(98年)まで。その後、大人気バンドとなった彼らの楽曲は、

本当に流行っていたので耳にはしていたが、特にのめり込むことはなかった。その程度の関わり

しかない人間が、このような文章を書いていることに違和感を覚える人もあるやもしれぬが、

20年前、18歳の私はこの作品がとても好きで、熱心に聴いていた。文章を書く理由としては

それだけの事であるし、それで十分だと考えている。

 

いつも通り、当時の記憶を掘り起こしてみると、私が彼らの事を知ったのは、まあ分かる人は

分かるだろうが、前述したシングル曲"Rainy Day And Day"が最初である。『VIRUS』という

TVアニメ作品のタイアップであったこと、後はこれまたお馴染みTV埼玉の伝説的番組である

『HOT WAVE』(と、思ったら現在も放映している事を今知った)でよくこの曲が取り上げられて

いたのだ。バンド自身も出演したことが……あったはず。確か。この番組は90年代当時、主に

ビジュアル系のバンドが多く出演していたが、同時にミッシェルなんかも出演していたことが

懐かしく思い出される。埼玉県民にとっては最高の音楽番組だったのだ。

 

閑話休題。ともあれ、ドラゴン・アッシュのサウンドに衝撃を受けた私は、すぐさま上述した

ミニ・アルバムも入手し、その後リリースされたデビュー・アルバムも当然発売日に購入した

のだが、実際問題、当時彼らの事を知っていた、聴いていた人はそれなりに音楽好きな連中

ばかりであったというのが偽らざる実感である。本作は商業的にはそれほど成功したわけではなく、

恐らく降谷氏もその結果に失望したであろう。その事が、次作以降のヒップ・ホップへの傾倒に

繋がっていくわけだが、逆に人気バンドとなってからの彼らしか知らない人にとっては、ある種の

先入観、主に"Grateful Days"から生まれたイメージで、悪い奴は大体友達だとか、親に感謝

しまくってるとか、揶揄の対象であったことも事実だ。勿論昔の話だし、今となっては彼らが

HIP-HOPなる音楽を日本で(特にHIP-HOPを聴かない、知らないという層に)広めたという功績が

再評価されていたりもする。多面的な評価のされ方をしているバンドであることは間違いない

だろうが、ここではあくまで1つの作品として、1997年に生まれたオルタナティヴ・ロックと

しての本作を、個人的な思い出と共に語っていきたい。

 

若干18歳であった降谷建志氏を中心とした彼らのサウンドを、同じく79年生まれで18歳の私は

どのように聴いたのか。私は、本作を90年代後半の日本におけるロック・サウンドの重要な証言の

1つである、と考えている。そんな事に留意しつつ、読んで頂ければ幸いである。

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THEE MICHELLE GUN ELEPHANT 「chicken zombies」

 

 

1997年の今日、前作High Time(96年)からきっちり1年後に、ミッシェルにとっては

通算3枚目となるアルバムがリリースされた。以前にも述べた通り、本作はバンド史上初

となるオリコン・チャートTOP10入りを成し遂げた、言うなれば商業的に成功を収めた

作品であり、名曲シングル"バードメン"がバラエティ番組のタイアップ曲として起用されて

スマッシュ・ヒットを記録したこともあり、言うなれば出世作と呼べる1枚であろう。

 

が、同時にバンドにとっての変革期を迎えるべく放たれた作品である、と私は考えている。

それは勿論、その後のミッシェルの作品群を経た上で導き出された結論だが、初期2枚で

見せたパブ・ロックやブリティッシュ・ビート、といった英国的要素は、勿論本作でも

随所に聴かれるものではあるが、そのスタイルは更にラフになり、ガレージ的な攻撃性が

強まったのが本作である。先行シングルの"ゲット・アップ・ルーシー"、本作収録曲でも

2曲が、かの有名なToe Ragスタジオで録音されており、デビュー間もないバンドにしては

非常に洒落た味わいで洗練されていた前作前々作と比べて、全体的に荒々しいサウンドへと

移行しているというのは、彼らのアルバムを時系列で聴けばすぐに理解できることであろう。

ここから1年後に、ルックス及びファッションも革ジャンとデニム・パンツへと姿を変え、

アメリカ的ブルーズへの憧憬や彼ら流儀のヘヴィなサウンドへと突っ走る事を思えば、やはり

本作の立ち位置というのは、バンドのディスコグラフィにおいてある種特別な、そして重要な

ものであったのだ。

 

そんなアルバムを、これも以前に書いたことだが、当時18歳で高校卒業という岐路に立って

いた私はどのように受け止めたのか。好きなバンドの新譜という事以上の思い入れがある故に、

今回の文章もねちっこいものになることを、先にお詫びしておこう(笑)。

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DEFTONES 「Around the Fur」

 

 

1997年の今日、DEFTONESにとっては通算2枚目となるアルバム、Around the Fur

リリースされた。彼らのディスコグラフィの中では、所謂出世作と言える作品であり、

全米チャート初登場29位をマークし、最終的に100万枚以上売れたアルバムとなった。

 

デフトーンズに対する個人的な想いは、拙ブログにおいても何度となく書いてきたが、

本作は私にとって、彼らとの出会いとなったアルバムなので当然思い入れのある1枚だ。

この作品を何処で知ったのかは……正直曖昧なのだが、ジャケットに惹かれて購入した

ような記憶がある。エロティックでありながらも、下品さの無い、何処か妖しさのある

雰囲気。私の好む美学が感じ取れたから、なのだとは思うが所詮18歳のガキんちょの

時分の事なので、恐らくそこまで考えていたわけではないだろう(笑)。

 

97年という時代は、グランジにせよブリットポップにせよ、英米の90年代ロックを

象徴するブームは既に収束していた時期であり、英国に関してはブリットポップの当事者

(とされていた)達が意欲的な作品を次々とリリースし、ある種エポックメイキング的な

年となったことは今更言うまでもないだろう。それでは、アメリカでは何が起こって

いたのか。細かく書き出したらそれこそブログ記事を何回にも分けて書いていかないと

ならないが、本稿の趣旨に沿って取り上げるとすれば、CREEDとLimp Bizkitのデビュー作が

それぞれリリースされているというのは、何というか象徴的である。前者はポスト・グランジ

などと称される連中の中でも、恐らく最も売れたバンドの1つであるし、後者は90年代末期から

00年代初頭まで一大ブームとなったラウド・ロック〜ニューメタルの代表格で、こちらも

死ぬほど売れたバンドである。デイヴ・グロールのポップ・センスがラウドなギターと共に

炸裂したFOO FIGHTERSの出世作The Colour And The Shapeや、メタリカがより一層

オルタナ化に突き進んだ(などと単純化できるものでもないが)Reloadを出しているのも

この年だ。

 

商業的な結果はともかく、インディ・ロック、エモコア〜ポスト・ハードコア、更には

ニュースクール・ハードコア界隈の初期重要作品も多数リリースされているのだが、やはり

当時も現代も、自称ロック通やら批評家が口汚く罵る、ざっくり言ってラウド・ロック及び

ニューメタル系とされるバンドの台頭が目に見えて目立ち始めたのは、1997年という

時代の特徴、その1つと言えるかもしれない。

 

さて、そんな時代において、90年中期以降のヘヴィ・ロック〜ラウド・ロックの先駆者と

されるデフトーンズはどのようなアルバムを作り上げてきたのか。同じく先駆者のKORNが

1年後に彼らなりの"メジャーな"作品で爆発的に売れたのとは対照的な、全く別ベクトルで

自身の音楽性を追求した結果生まれた本作は、後に"ヘヴィ・ロック界のレディオヘッド"

などと評されることになるDEFTONESというバンドの果てしない可能性を感じさせる、

素晴らしいアルバムとなった。同系統のバンドのみならず、多方面に影響を与えた本作に

ついて、いつも通り好き勝手に書かせて頂こう。

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奥井雅美 「Ma-KING」

 

 

1997年の今日、奥井雅美女史にとっての通算3枚目となるアルバム、Ma-KING

リリースされた。今回も、去年と同じく私物を写真撮影(笑)。そしてこの文章を書いて

いるのは翌日の27日……という内輪の事情はご容赦頂きたい(苦笑)。

 

彼女の音楽と私との関わりは、前作V-sitで十分述べたので今回は省かせて頂くが、

ともあれ本作を購入したのは、好きなアーティストの新作という意味合いで買っただけで

あって、本作に何か音楽的影響を受けたとかそういうことではない。それでも、20周年を

個人的に祝う為の、この連載記事に取り上げる理由は、それこそ十二分にある。

 

やはり、あの時代に、あの90年代という時代において、洋楽邦楽問わず聴き漁っていた

音楽好きであって、同時に濃厚なアニメ好きとして生きていた当時18歳の男の証言を、

書き記したいのである。勿論自分の為に。そして、あの時代の熱と狂騒を知る、私と

同世代乃至年上のアニメ好きの為に。

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黒夢 「Drug TReatment」

 

 

1997年の今日、黒夢にとってはメジャー通算4枚目となるアルバム……問題作といって

いいであろう、Drug TReatmentがリリースされた。

 

前作の音楽的変化にまだ追い付いていないファンも多くいたはずだが、黒夢はそのような

事は一切気にせず、ハードな方向へと舵を切ったのは前作だけの単なる気紛れではないと、

本作を聴いた当時の黒夢ファンなら誰もが実感したことであろう。恐らくは、本作と次作の

イメージ像が、最も世間的にも知られている"黒夢"と言えるかもしれない。私より若い連中、

80年代前半から半ば生まれの黒夢好きに話を聞いた限りでは、やはりパンク化した黒夢に、

中学生ないし高校生の時に出会って衝撃を受けたというパターンはかなり多いようだ。もっと

言えば黒夢でパンクを知った、なんていう子達が、私が思っている以上に大勢いたのであろう。

 

私は本作をどのような気持ちで聴いていたのか……たぶん、好きなバンドの新作として聴いて

いたのだろう。以前も書いたように、音楽的な変化に関しては、少なくとも黒夢に対しては

そこまで気になることもなく、直接的な敵意や怒りを剥き出しにする97年の黒夢の音楽を、

やはり楽しんでいたのだ。が、当時18歳の私は、洋楽と邦楽を聴くバランスが完全に前者へと

傾き始めた時期であって、本作を聴いて大いにチャームされるようなことは無く、強烈な

サムシングを受けたわけではなかった、という偽らざる気持ちは、正直あったと思う。

 

こうして文章にするにあたって、改めてアルバムを通して何度か聴き直した。結果感じたのは、

ドラッグという強烈なモチーフを中心に添えつつ、基本的なテーマは数点に絞られており、

反逆のカリスマとしての黒夢が完成されたアルバムであり、エロティシズムの極限を押し

出した楽曲もあり、宿命のように刻まれる、清春氏独特の女性観に則った楽曲もある、

といった内容は、思いの外前作と比べても極端な変化というわけではなかったのだな、と

いうこと。散漫な印象は否めなかった前作と比べて、サウンド自体の統一感もある。本作が

無かったら、SADS誕生も無かったのではないか、という要素も多く発見できる。

 

 

そんな当時の想いと今現在の印象を踏まえつつ、全曲それぞれについて語っていこう。

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MANSUN 「ATTACK OF THE GREY LANTERN」

 

 

1997年の今日、当時英国ロックの若手有望株として期待されていた、MANSUNのデビュー作
となるATTACK OF THE GREY LANTERNがリリースされた。日本先行発売という待遇で、

今も昔も変わらぬ、英国美形ロック・バンドに対する我が国の音楽ファンの異様な情熱が

感じ取れるというものだが(私もその1人となってしまったことは、当然言うまでもない)、

ともあれ、90年代英国で猛威を振るったムーブメント、所謂ブリットポップがブラーの

デーモン・アルバーン氏の例の宣言によって事実上終焉を迎えた1997年において、本作に

込められた濃厚過ぎるほどの英国臭は、前年に、主にスウェード等のバンドによって、英国の

素晴らしさに開眼していた私にとっては、ある種の決定打であったのだろう。考えてみれば、

当時聴いていたUSオルタナ勢、スマパンやNINにしても、それこそビジュアル系にしても、

英国ロックからの影響が強いバンドが多いことに気付いたのもその頃であった。運命という

よりも、宿命であったのだと今改めて感じ入った次第である。そもそも、リリース20周年を

記念して書いている本稿の連載記事において、初めて取り上げる洋楽がマンサンであること

自体、何やら因縁めいたものすら感じてしまう。狙ったわけではないのに(笑)。

 

本作を手に取ったのは、恐らく偶然であったと記憶している。CD屋で注目の新譜として展開

しており、そこで知ったのだと思うが、そもそも彼らとは前年にニアミスしていて、日付も

はっきりしている。1996年11月4日(振替休日)である。何故そんなことが分かるかというと、

手元にある本作の国内盤ライナーを読んでいて、彼らがプロモーション初来日した際に、

池袋HMV(確かサンシャイン通りにある方の店舗だったような……)にてトーク&サイン会を

行ったという記述があったから。私は確かにあの時の異様な喧騒を覚えていて、多くの

女性ファンで溢れかえっていたのを遠巻きで見ていたのだ。実際にメンバーの姿を見たわけ

ではなかったのは残念だが、その後、当時のその手の事情に物凄く詳しい……否、実際に

体験していた女性からあの時代の喧騒について、生々しい(笑)話を聞いた結果裏付けが

取れたこともあって、ああ、あれはマンサンだったんだなあと。結局マンサンのライブを

観ることは叶わなかったので、せめて姿形だけでもこの目で見ておきたかった……何とも

惜しい事をした。

 

話がアルバムから飛んでしまったが、本作はイギリスで初登場1位を獲得。新人のデビュー作

としては立派な成績を収めたわけだが、97年の英国というとRADIOHEADが音楽史に残る傑作

OK CONPUTERを、VERVEが自身のキャリアにおいて起死回生となるURBAN HYMNSを、

PRODIGYが爆発的ヒット作The Fat of the Landをそれぞれリリース(他にも多くの名盤が

生まれた年である)、それらが年間ベスト・アルバムの上位を独占したことは、当時を知っている

人は無論の事、若い衆でも詳しい方々ならご存じかと思うが、本作はよっぽど好きな人以外は

改めて語られるようなことがあまり無いのも事実である。それ故に、拙ブログでは高らかに宣言

したい。そのキャリア自体は短命であったが、極東の音楽狂いに消えることの無い英国の妖しい

毒と美を植え付けたマンサンというバンドは、改めて世に語り継ぐべき価値があるのだ。

 

前置きが長くなりすぎたが、以下、楽曲について述べていく。

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at 00:00, 某スタッフ, Music(20th Anniversary)

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