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The Black Dahlia Murder 「Nightbringers」

 

 

「なーんも変わってない(満足気な笑みを浮かべつつ)!!」

 

以上終わり。

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at 23:54, 某スタッフ, Music(Recommend)

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Paul Draper 「Spooky Action」

 

 

2003年に自身のバンドを解散させたミュージシャンが、14年という歳月を経て、ようやく

その重い腰を上げて発表した初となるソロ・アルバム……美しい旋律と共に聴き手を絡めとる

のは、徹底的なまでのニヒリズムと英国的アイロニーである。

 

そう、PAUL DRAPER(EX:MANSUN)のソロ・デビュー作がようやく形となったのだ。

 

ポール並びにマンサンについては、拙ブログにて何度か取り上げて論じたことがあるので、

細かい説明は省くが、ともあれマンサン解散以降は表舞台から遠ざかり、主に裏方に徹して

いたポール氏であったが、去年2枚のEP作品をリリース、まさかとは思っていたが、こうして

手元に彼のソロ・アルバムがある以上、予感は現実へと変わったのだ。しかも国内盤が出た

というのが嬉しい。ソロ活動へと至る経緯などが、本人のインタビューと共に記載されている

国内ライナー、そして対訳(担当されているのは、今井スミ女史。これ以上は無い適役!!)が

付いているのだから、この作品に興味を持たれた方々は確実に国内盤を購入して頂きたい。

どうやら生産数自体があまり無いようなので、見つけたら即買い必至と断言しておこう。

 

本作に収められた楽曲は、上述したライナーを読む限り、以前から寝かせてあった楽曲と、

最近作られた楽曲とで構成されているそうだ。アルバム制作自体が一種のセラピーであり、

思いのたけをぶちまけた、自伝的な作品である、と。確かに、ポール氏にしては割合に

直接的な表現を駆使した歌詞も散見されるし、明確な怒りなどの感情も提示されているのだ。

SNSに没頭する浅はかな人間への嫌悪なんかも、昔ならもっと小難しいレトリックを駆使して

表現していたように思う。とはいえ、本作で過去と折り合いをつけ、幸福な場所へと到達した

……と、ポール氏は仰っているのだが、対訳を読む限り、「人間の本当のところなんて分からない」

などという歌詞を見つけたり(無論、一流の逆説を含んでいるのも承知の上ではあるが)すると、

かつて「死んだら忘れ去られるだけさ」と美しいメロディに乗せて歌い上げた、根底にある

彼の人間性は何ら変わってはいないのだな、と妙な安心感すら覚えてしまった(笑)。、

 

元々、プロデューサー気質のミュージシャンであるポール氏なので、裏方の仕事に従事するのは

ごく自然なプロセスであったのだろうが、同時に彼はやはり天性のフロントマン、ヴォーカリスト

なのだ。それは本作を聴けば明らかな事であって、ファンとしては喜ばしい限り。

 

2017年、もうどんなバンドが再結成しようとも、ニュー・アルバムをリリースしようとも

今更驚くことはないというほどに、様々な"伝説的バンド"が復活しているこの時代において、

ポール・ドレイパーという稀有なミュージシャンのソロ作品は、私にとっては00年代以降に

生まれた数多の英国ロックではどうしても埋めることの出来なかった空白、それを埋める

"不気味な作用"を持った音楽である。この感覚に比類する音楽あるとすれば、再始動後の

スウェード諸作品並びに、ブレット・アンダーソンのソロ作Black Rainbows以外は

有り得ないであろう。

 

あえて楽曲それぞれに触れることはしない。マンサン時代から変わらぬポール氏の妖艶な

歌声、メロディ、その独自性は、20年前と比べても益々妖しい光を放ち続けていることは、

一聴しただけでも理解できるであろう。ソロと言いつつ、かなりバンド・アンサンブルに

拘りを見せているところも嬉しいし、何より1曲だけではあるが、マンサン時代の盟友、

ドミニク・チャド氏が参加した楽曲が収録されていることは、まさに僥倖である。いや、

本当に嬉しい(笑)。チャドのギターが全編に渡り炸裂してくれたら……なんてのは私含む

マンサン狂の儚い望みであろうが、ともあれポール氏、本作を引っ提げてのツアーも敢行する

ようなので、やはり国内盤を皆さん買って頂いて、悲願の来日実現への望みを繋げたい。

 

 

 

相変わらず、本人は出演しないPV映像を作ってますね(笑)。

at 23:30, 某スタッフ, Music(Recommend)

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RAINER MARIA 「RAINER MARIA」

 

 

前回の記事を書いて以降、仕事以外の文章を書く気になれずに一か月が経ってしまったが、

これは書かねばなるまい。何たって、RAINER MARIAの11年振りとなる新譜がリリース

されてしまったのだから。しかも国内盤が。

 

レイナ―・マリアというバンドの事は、恐らくそれなりに90年代エモコアを、USインディに

精通している音楽好きでないと知る由も無い存在ではあるが、私個人的には以前にも言及した

ように、JEJUNEと同じくらい大好きな"エモコア"バンドであり、そんな括りを抜きにしても

とても大切なバンドなのである。

 

簡単に彼らの事を紹介すると、ニューヨークを拠点とする男女混声ヴォーカルの3ピースで、

95年に結成、96年にデビューEPRAINER MARIAをリリースしている。その後、名門

レーベルPOLYVINYLと契約し、ファースト・アルバムPast Worn Searching』(97年)を

発表。06年に解散するまでに5枚のアルバムと1枚のライブ・アルバム(傑作!!)を残している。

 

2014年に再始動したという話は聞いていたのだが、まさか純然たる新作をリリースするとは

夢にも思わなかった。しかも古巣のPOLYVINYLに戻って(最初の解散前は違うレーベルに移籍

していた)。詳しい経緯は分からないが、ともあれ私の大好きなバンドが、こうしてシーンに

帰還した。その事実をこそ、まずは喜びたいのだ。

 

 

上述したデビューEPと同じく、バンド名を冠した本作は、繰り返しになるが11年振りの新作

であり、通算6枚目のアルバムとなる。早速聴いてみて感じたのは、後々書いていくが、若干の

変化はあったものの、彼女達の鳴らす音楽、その本質にあるものは今も尚全く変わっていない

ということである。瀟洒な男女の会話のような、ラフでいて上品な3ピースの詩は決して枯れる

ことなく、舞っていたのである。

 

「私は強くなった」と嘯く1曲目"Broke Open Love"から、Kaia Fischerによる自由奔放なギターが

炸裂し、Caithlin De Marraisによる歌うようなベース・ラインが絡み合い、William Kuehnの

しなやかでいて激しさを内包したドラムスが支えるあのスタイル、あのレイナ―・マリア特有の

力学に則ったバンド・アンサンブルで彩られた楽曲で、長年のファンとしては思わずニッコリで

ある。ケイスリンの力強く上品な歌声も健在だ。ほんと、驚くほど変わっていない。

 

2曲目"Suicides And Lazy Eyes"ではシンプルなビートとコード進行から、少しずつ変則的に

発展していくポスト・ハードコア流儀のアレンジが最高。中盤以降の展開もクールである。

「モディリアーニの瞳」などという、インテリジェンスな歌詞がさらりと出てくるのもさすが。

そもそもライナー・マリア・リルケからバンド名を拝借しているような面子なのだ。NY出身

らしさというのが滲み出ているが、決して嫌味になっていないのも良い。あくまで自然体

なのが、このバンドの良い所なのだから。

 

3曲目"Lower Worlds"は歪んだギターと荒々しいベース、タイトなドラムスが結構ヘヴィ。

もっと言えば、本作は彼女達のアルバムの中でも一際ヘヴィなアルバムなのである。

4曲目"Forest Mattress"のグランジ的不協和音すれすれのギター・フレーズも何処か

不穏な雰囲気。サビで美しいファルセットで歌われるメロディを聴くことができるが、

対訳を読んでみると、様々なレトリックの中に感じ取れるのは、諦観や哀しみである。

 

6曲目"Blackbird"は、今までの彼女達にはあまり無かったタイプの楽曲かもしれない。

いや、彼女達のアルバムを全部聴き直したわけではないので断言はできないのだが、

一聴した限りではそのように感じた。勿論、レイナ―・マリア印の楽曲であることに

変わりはないのだが。7曲目"Possession"も、言いようの無い哀しみを感じさせる。

クリーンのギターに絡むヘヴィなベースとドラムスが、感情そのものを表している

かのようだ。ラストはギター・ノイズが30秒以上続き、アルバム中最も長尺の、

とはいえ5分20秒ほどだが、8曲目の"Ornaments Of Empty"へと繋がっていく。

シリアスに展開していく楽曲だが、途中から唸りを上げるフリーキーなギター・

フレーズが荒々しくカッコいい。悲痛な叫びを歌い紡ぐ9曲目"Communicator"も、

かなりヘヴィな仕上がりだ。

 

ラスト曲"Hellebore"では、花にその身を託し、届きようの無い想いを叙情的に

歌い上げている。やはり、伝わってくるのはポジティブな感情よりも、言い知れぬ

哀しみなのである。

 

 

通して聴いた感想はと言えば、全体的なトーンは若干暗く、非常に生々しく、混乱する

現代を反映しているかのような、シリアスな緊張感に満ちたサウンドである、ということ。

「美EMO」と称されることも多い彼女達ではあるが、それを期待したら若干の肩透かしを

食らうであろう。彼女達は初期の時点で自らの音楽を、その基本的スタイルを築き上げて

いたタイプのバンドであるからして、上述した通り、音楽性に大幅な変化は無い。但し、

過去作品で言えば名作EPAtlantic(99年)辺りから一気に開花した、独特の美しい

メロディの分量は、本作においては若干減退しているというのが正直なところだ。

 

それでも、本作はあまりにもRAINER MARIAとしか言いようの無い、実に美しいアルバム

である。2017年というこの時代に、彼女達の新しいアルバムに出会うことができたという

のは、やはり私個人からすれば、まさに僥倖。感謝しかないのである。

 

最後に、本作に興味を持たれた方々は、是非国内盤を購入して欲しいと思う。なればこそ、

再来日の芽も出てくるというものだからだ。2004年の奇跡の来日に足を運んだ1人として、

RAINER MARIAというバンドの素晴らしさが少しでも音楽人の中に広がっていくことを

祈って、拙稿の締めとしたい。

 

 

at 22:59, 某スタッフ, Music(Recommend)

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RYAN ADAMS 「PRISONER」

 

 

現代アメリカを代表するSSW、ライアン・アダムスによる待望の新譜。多作なアーティスト

故に、常に何かしら作品をリリースしているイメージではあるが、Taylor Swiftのアルバムを

全曲カヴァーした1989を除けば、オリジナル・アルバムとしては2014年リリースの

セルフ・タイトルのアルバムRYAN ADAMS以来の作品となる。本稿を書いている時点

では、まだ本国アメリカにおけるチャートはまだ出ていないが、既に各国で好リアクションを

得ているようだ。英国では過去最高となる初登場3位をマークしている。

 

が。そんな事はとりあえずどうでもいい。本作の裏ジャケットに注目して頂きたい。

 

 

もう似たようなことを何度も書いているのは分かっているが、それでもDAG NASTYのTシャツを

堂々と着ているようなミュージシャンが作る音楽なんて、素晴らしいものに決まってるだろと

断言させてもらおう(笑)。

 

本作は、私にとっては大体12年振りくらいのライアン・アダムスの新譜である。過去作をずっと

スルーしてきた理由は既に拙ブログで述べた通りだが、去年実現した感動の単独来日公演を経て、

改めて向き合うライアン・アダムスの音楽は、あまりにも赤裸々で、ロマンティックで、男が男で

あることの悲哀、身を焦がすような愛が、痛みが、喜びが、哀しみが、彼にしか生み出せない

メロディと共に迫りくるのであった。このアルバムの内容が、マンディ・ムーアとの離婚という

人生経験が大いに影響しているというのは今更言及するまでもない事だが、そもそも創作活動と

日々の生活とが切り離せない関係性を保ち、完全に一体化しているようなタイプのアーティスト

だからこそ、このような音楽を生み出すことができるのである。

 

サウンド自体は、前作の路線をほぼ踏襲している形ではあるが、粘っこいハードなギター・リフは

割合控え目という印象。先行シングル"Do You Still Love Me?"くらいかもしれない。ドラムを除く

楽器演奏のほとんどをライアン自身が手掛けたとのことだが、クリーン・トーンのギター・プレイは

1989におけるアレンジで見せたスミス愛が滲み出ているような音作りだ。表題曲"Prisoner"

"Anything I Say To You Now"辺りは特に。"To Be Without You""Tightrope"​などの

フォーキーな佳曲もあるし、悲痛な胸の内が込められた歌詞が痛々しくも美しい"Breakdown"

"Broken Anyway"などは、アコギをメインにしながらも全体的にドラマティックなサウンド・

アレンジである。ラスト曲の"We Disappear"は、後半以降のほんのりサイケな展開のまま

フェイドアウトしていくので、ライヴだとジャム合戦になるのかな、なんて妄想してみたり。

ともあれ、全曲において嘘偽りの無い、42歳となったライアン・アダムスの"今"が刻印されて

いる作品と言えるだろう。

 

即効性のあるキャッチーな楽曲があるわけではないし、高品質ながら決して派手ではない作風

なのだが、本作のようなアルバムを味わって聴く喜びというのは、音楽狂としては贅沢な楽しみ

であろう。そういう風に思えるようになった自分自身を、私は嬉しく思う。本作を引っ提げた

来日公演、できれば今年中の実現に期待したいところだ。

at 23:11, 某スタッフ, Music(Recommend)

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The xx 「I See You」

 

 

2017年、実質的な最初のブログ記事は、今年初めて買ったCDについて書こうと思う(笑)。

 

The xx――彼らのパーソナルな面に関してそれほど興味は無いし、09年のデビュー作は

正直食い足りない、12年のセカンド作で「あ、凄く良い」となって、本作は迷わず購入した、

というのが私個人的なThe xxとの関わり方であった。同業者や評論家筋からの高い評価は、

一応把握はしているが、そのような事は私にはどうでもいいことで、そのミステリアスな

名前の通り、あたかも彼らの出身地であるロンドンにおいて、派手な喧騒が終わり、気怠い

沈黙がふと訪れる夜のような、そんな存在の彼らが生み出すサウンドが、今年最初に初めて

味わう2017年の音楽だという事、それこそが私にとって重要な意味を持つのだ。

 

このアルバム、一言で申せば、実に美しい音楽である。更に言えば、拙ブログでも何度

となく言及している、『アルバム』という1つのフォーマットを芸術品として捉え、

一貫した"ムード"を明確に感じ取れる作品なのだ。レコードで聴こうが、CDで聴こうが、

MP3で聴こうが、その本質が揺らぐことはないだろう。彼らが鳴らしている"美"は、決して

主張し過ぎることはなく、かといって弱々しいものではない、という絶妙のバランスの上に

成り立っているのだ。特徴的な男女のツイン・ヴォーカルは、過去作以上に濃密に絡み合い、

この手の音楽にありがちな雰囲気重視だけの代物とは一線を画す存在感がある。何か物凄く

新しいトラックを作り上げている、というほどではないのだが、ノスタルジーと新鮮味が

交互にせめぎ合うようなサウンド・テクスチャーは、同時代的なインディー系のR&Bで

あったり、トリップ・ホップ的なサウンドからの影響、エレクトロニカ、アンビエント

……などといった表現を超えた、現代的なポップスとして機能していると言えよう。

とはいえ、日本盤のライナーに書いてあったような、メインストリームの音楽における

ジャンルのクロスオーヴァ―が云々といったような評論は、10年代も後半に差し掛かった

今になってまだそういう事を書くのだなあ、と何とも言えない気持ちにはなったが(苦笑)。

90年代からずっと同じようなことを言ってないか?っていう。時代の空気と結びつける

評論というのは当然あって然るべきなのだが……勿論批判ではなく、単なる感想である。

繰り返すように、ライターなんぞをやっている身ではあるが、極東の音楽狂としての私には、

そのような周囲の評価などはどうでもよく、常に興味があるのは音楽そのものなのだ。

The xxというバンドが生み出す音楽そのもの、その素晴らしさ、その美しさを、なるたけ

素直な気持ちで味わうこと。それが私にとっての最もたる関心事なのである。

 

今作において過去作との違いを述べるとすれば、1曲目"Dangerous"の冒頭から伝わる

一種の高揚感であろうか。単に明るくなったとかそういうことではないが、良い意味での

メジャー感が出てきたのだろう。その感じを嫌がるリスナーも在るかもしれぬ。それは

好みの問題なので良いも悪いも無いのだが、ともあれ、まだ数回しか聴いてない本作を

私はとても気に入った。現時点では、THE CURE的なリフも導入された"Replica"辺りが

特に気に入っている。ミニマルながら独特の存在感を放つベース・ラインもNW的で良い。

結局、こういうのに弱いんだなあ(笑)。

 

蛇足だが、本作は押し付けがましい主張は無い故に、日常のどんな場面のサウンドトラック

にも成り得る作品ではあるが、まずは腰を据えて、じっくりと本作の"ムード"を味わうのが

良いだろう。それは情報過多を通り越して、己の感性すらネットの評価、他人の呟きに託して

しまうような現代において、とても贅沢な時間となるはずだ。そういうアルバムである。

 

 

at 01:48, 某スタッフ, Music(Recommend)

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PLACEBO 「A Place For Us To Dream」

 

 

そもそもオリジナル・アルバムはもとよりOnce More With Feeling Singles 1996-2004

も所有しているし、買う意味無いなあ……などと思いつつ、リリースされたのは知っていたが、

つい最近までスルーしていたプラシーボの3枚組ベスト盤。なのだが。

 

『日本盤のみ東京・赤坂BLITZ来日公演のライヴ音源を収録したボーナス・ディスク付き』

 

とかいう煽り文句を目にした瞬間にワンクリしておりました(笑)。

 

件のプラシーボの単独来日公演を観たのは2010年の話で、もう6年前なのかと思わず遠い目を

したくもなる。その前年にはサマソニで8年振りの再来日を果たし、日本における需要というか、

熱心なファン層を目の当たりにして、バンド側もかなり満足していたように見受けられたのだが、

結局現時点での最新作Loud Like Love(2013年)は、またもや日本盤リリースは実現せず、当然

ながら来日もしていないという、何だかバンドと日本との関係が振り出しに戻ってしまった

ような雰囲気の中、こうしてベストとはいえ日本盤がリリースされたのだから、再来日実現の

期待を込めて購入した、というのが個人的な想いとしてあったのも事実ではある。

 

時系列というわけではなく、ランダムに並んだ楽曲群に改めて触れて痛感するのは、PLACEBO

というバンドの特異性、決して売れ線ではないのに耳に残るメロディが常にあり、妖艶な美が、

アウトサイダーとしての誇りが、効果の切れることのない偽薬、プラシーボという名の毒として

存在し続けているという事実である。限りなく英国的でありながらも、多国籍のルーツを持つ

ブライアンとステファンだからこその、何処にも収まることのないサウンドであるというのは

改めて重要視すべき、というか私自身そう再認識した次第である。

 

選ばれた楽曲は、1STから4THまでの曲は上述した過去のシングル・ベストとほとんど被って

いるが、RADIO EDITバージョンなど、若干のバージョン違いで収録されていたりする。

初期名曲"36 Degrees"は2016年新録バージョンとなっており、もろに90年代オルタナ色満載の

疾走系ナンバーだった原曲とはかなり趣を変えて、スロウ・テンポで情熱的に歌い上げている。

ノイジーなギターはちゃんと入っているのでご安心を(笑)。あ、でも"Twenty Years"が収録

されていないのは何故なんだろう? 今年でアルバム・デビュー20周年なのに(苦笑)。

新曲として収録された"Jesus' Son"はここ数年のプラシーボ楽曲に見られる、明るめの

曲調のナンバーだが、今まで以上に歓喜というか祝福された光のようなものが、全編渡り

感じられるのが興味深い。シングルのジャケットにはブライアンの息子さんが採用されている

とのことで、さもありなん、と言うべきか。まあ、それでも何処か妖しさが漂ってしまうのが

プラシーボたる所以というか何というか……。

 

マルチ・プレイヤーでベースのみならずギターもかなりの割合で弾くステファンは勿論のこと、

ブライアン(彼もマルチ演奏者だ)もギタリストとして優秀な、というかユニークなセンスを

持った人で、正しく"オルタナ世代"と言える名演を多く残していることにも注目されたい。

センセーショナルな部分だけでなく、そういったプレイヤーとしての素晴らしさがあり、

才能とセンスが直結した素晴らしい楽曲群を残してきたからこそ、彼らは激動の20年間を

駆け抜けることができたのだろう。来日公演ではその若さとタトゥーの多さでキャラもかなり

立っていたスティーヴ氏(Dr)も去年脱退して、以降は新ドラマーは入れずに核となる2人だけで

活動している今のプラシーボが、この先どうなっていくかは分からないが、20年彼らの音楽を

聴き続けている身としては、新譜が出たら必ず買うし、しつこいようだが再来日実現の日が

訪れることを期待して待ちたい。キャリアを総括したベスト的なライブとか、超観たいよ(笑)!!

 

 

 

 

あー。最高過ぎる。

 

 

 

今年のスタジオ・ライブ映像。1曲目から"PURE MORNING"とか最高過ぎる(しつこい)。

at 23:25, 某スタッフ, Music(Recommend)

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Too Close To Touch 「Haven't Been Myself」

 

 

そろそろBUCK-TICKの新譜について書かないと……などと思いつつも、今夜は先月リリース

されたこのアルバムを紹介したい。

 

このバンド、以前当ブログにおいても期待の新人として紹介済みなのだが、去年デビュー作

となるNerve Endingsをリリースし、今年早くもセカンド・アルバムHaven't Been Myself

発表という、ハイペースな創作活動が何とも頼もしいのだが、肝心の本作の内容……これが

実に良い。自分たちの鳴らすべき音がより明確となり、信念と必然とが分かち難く結びついた

サウンドとなっているのだ。

 

先行で紹介されていた"Sympathy""What I Wish I Could Forget"を聴けば分かる通り、

10年代以降の、美麗な歌を前面に押し出したポスト・ハードコア的サウンドという前作の路線を

踏襲しながらも、よりメロディに磨きをかけて、バンド・アンサンブルも細かい部分まで練り上げた

跡がはっきりと聞き取れる。サウンド全体のテクスチャーに気を配り、雰囲気で流してしまいがちな

ところも、ダレることなくきっちり仕上げてきた印象である。

 

PV映像を観る限り、かなり太ってしまったことが気になるが(笑)、フロントマンKeaton Pierce氏の

疑いようの無い才能を感じさせる歌声を軸に、いかに彼の声を活かした楽曲を作り上げるか? という

点を最も重要視した作品であることは間違い無いし、それは確実に成功している。前作以上に。

"Translate"では途中、いかにも今時なヘヴィなリフを盛り込んでいるし、"Miss Your Face"における

アコギの使い方もなかなか効果的。バンド・サウンドと言うよりは、アンビエント風のトラックで

全編貫いている"The Art Of Eye Contact"にしても、ピアノのサウンドとテクニカルなギターの

フレーズとの対比がなかなか面白い"Inside Voices"にしても、何か奇を衒ったことをしてやろう、

といったような演奏隊の野心は一切感じられず、中心にあるのは常に悲哀を感じさせるメロディの

美しさである。メジャー・キーで歌うことは無く、ほぼマイナー調というのが素晴らしい。

 

無論、ミディアム・テンポの楽曲が中心で疾走するパートもほとんど無い、というスタイルは

どうしても全体的に似たり寄ったりになってしまうし、これぞというキラー・チューンが無いのも

事実ではある。あるのだが、6/8拍子のロック・バラードという王道の楽曲構成を持った"Eiley"

アルバムの幕を閉じる、というのは明らかにメンバーの意思が働いているものであって、彼らなりの

美学を感じさせるところに注目されたい。バラエティ豊かな楽曲を多く盛り込むのではなく、作品

全体の統一感を優先させたであろうことは想像に難く無いし、そういう意味では、アルバムという

フォーマットを大事にしているのだろう。少なくとも私は解釈した。

 

上述したヴォーカリスト、kEATON氏の表現力は前作から1年で更に向上し、それこそラスト曲

"Eiley"における絶唱、テクニックを超えた叫びは本当に素晴らしい。彼のヴォーカルに関しては

実に興味深いものがあって、10年代以降の流行り、WEEKENDやTHE INTERNETといった

インディ系R&B(これはヴォーカルのみならず、サウンドからも感じ取れるものだ)、THE 1975

などの現代的な英国ロックなどの影響を感じさせつつも、旋律や絶叫のスタイルは00年代前半の

スクリーモに先祖返りしたようなものである、というのが面白い。サーズデイやフィンチ、ユーズドに

セイオシンといった面々がデビューしてからもう10数年、にわかに『00'S SCREAMOリバイバル』

みたいな動きも出ているらしいという時点で隔世の感があるが、そういった流れを鑑みても、

彼のようなヴォーカリストは、そしてTOO CLOSE TO TOUCHというバンドは、これからも注目

すべき存在であろう。勿論、早い段階での来日実現にも期待したい。

 

 

at 22:37, 某スタッフ, Music(Recommend)

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ANOHNI 「HOPELESSNESS」




私の37年(そう、つい先日達してしまいました……)の人生において、言うまでもなく
ライブという現場は、ここ数年でめっきりその数は減ってしまったとはいえ、大きな
比重を占めているものである。後に伝説とされる公演や、貴重かつプレミアとなった
ライブも多く観てきたが、中でもANTONY & THE JOHNSONSことAntony Hegartyが
現時点で唯一日本で行ったライブ公演、「Antony And The Ohnos 魂の糧」に関しては、
その内容は勿論のこと、激レアなライブ(あれを単なるライブと言っていいのかどうかは
別として)という意味でも、トップクラスに幸運な体験であったと思う。

あれから6年という月日が流れ、アントニーはANTONY & THE JOHNSONSとしてでは
なく、ANOHNI(アノーニ)と名前を改め、"女性"として、新たな再スタートを切った。
本作が、その第一歩である。

本作の制作に至るまでの経緯などは、国内盤の岡村詩野女史によるライナーノーツを
読んで頂くのが一番いいだろう。インタビューも交えて、非常に興味深い内容となって
いるのだ。まず、ANTONY & THE JOHNSONSが生み出してきた音世界と本作とは、
根本的に違うところがある。ANTONY & THE JOHNSONSはアントニーの神秘的な歌声と
ピアノを主軸として、オーガニックで時にシンフォニックなサウンド・アレンジを主な
形としてきたが、アノーニと名前を変えて生み出された本作は、ハドソン・モホークと
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーというエレクトロ・シーンにおける鬼才2人に
よるサポートの元、全編エレクトロ・サウンドで構成されているのだ。ライナーを読む
限り、アノーニはメロディと歌詞に集中し、トラック・メイキングは先述した2人に
ほとんど委ねているとのことだが、静謐なANTONY & THE JOHNSONSの音に心酔
していた人達にとっては、もしかしたら戸惑いもあるやもしれぬ。私自身、先行で公開
されていた曲すら聴かず、ほんの少しだけの事前情報だけで本作に触れたので、勝手に
アンビエント風のトラックに、漂うようにアノーニの歌声が……などと想像していた
のだが、これほどビートの効いたトラックの上で、あの歌声が鳴り響くことにちょっと
した驚きを感じずにはいられなかった。

とはいえ、既に両者の楽曲のゲスト・ヴォーカルとして参加している過去があり、数多くの
客演をこなしてきたアノーニである。Current 93の作品にゲスト参加しているくらいなので、
電子音とアノーニの歌声の相性の良さは、既に証明済みであろう。実際、本作における彼女の
歌声は、より力強く、より艶やかである。オープニング曲の"Drone Bomb Me"だけでも、
本作が単なる音楽的志向の方向転換などではないことが、すぐに理解できるはずだ。
"4 Degrees"のように重々しいドラム・ビートが先導するような曲においても、トラックに
負けるどころか、アノーニの歌声とメロディは、恐ろしいほどの存在感でもって、我々の胸に
突き刺さる。直球のタイトルに彼女の強いメッセージを感じさせる"Obama"なんかは、
ドローン風の禍々しいトラックと共に、アノーニは得意のファルセットを封印して、全編に
渡り低音のメロディで歌い切っている。本来の音域のオクターブ下くらいだろうか、とにかく
強烈な印象を残す楽曲なのだ。

先に述べた通り、本作におけるアノーニのメッセージはかなりポリティカルなもので、
多重コーラスのサビが美しい"Watch Me"にしても、一聴しただけだと何処か可愛らしい
シンセ・ポップ風の"Execution"にしても、これまたタイトルからして穏やかでない
"I Don't Love You Anymore"にしても、短い旋律に激烈な想いを託した"Violent Men"
にしても、その歌詞とメロディに込められた怒りは相当なものである。"Crisis"
(曲後半、何処かM83風のアーバンなサックスが導入されるアレンジが新鮮!!)や
"Hopelessness"の、救いようの無い世界観に至っては、イギリス人であって、長年
ニューヨークで暮らすアノーニがこれほどの想いをアメリカに抱いているのか……と
衝撃を受けたほどである。ラスト曲の"Marrow"で歌われる恐ろしい皮肉だけ取れば、
すっかり今の現状に呆れ果ててしまったのではないか、などと勘ぐってしまう。

勿論、タイトルも含めてそれはある意味逆説であって、絶望の果てに辿り着いた新たな
始まりが、本作には在る。個人的には本作の中でも特に気に入っている楽曲である、
"Why Did You Separate Me From The Earth?"で歌われる壮絶な決別から生まれる
希望を味わうといい。後半以降のアノーニの絶唱があまりにも美しく、素晴らしい。
どのようなサウンドで料理しようとも、中心となるアノーニの歌声は、それ自体が
意思を持ち、それ自体で全てを決定付けるのだ。


ライナーに記載されたアノーニ自身の言葉によると、本作は"トロイの木馬"のような
もので、心地良い現代的ポップスの様式を持ったエレクトロ・ミュージックでありながら、
聴き込んでいくとその強烈なメッセージ性に気付くだろうと。実際、本作で紡がれる
彼女のメロディは過去最高に、ある種のポピュラリティを感じさせるものであって、
誤解を恐れずに言えば、ある意味キャッチ―(!)ですらある。天性の歌声に恵まれた
だけでなく、アノーニはメロディ・メイカーとしても非凡な才能を持っていることを、
私としては今回改めて思い知らされた次第である。

at 23:05, 某スタッフ, Music(Recommend)

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Mayer Hawthorne 「Man About Town」




メイヤー・ホーソーン。この人の音楽を聴いていると、いつでもゴキゲンな気分になれるし、
何よりこんな音楽を作って歌って演奏して日々を過ごすなんて、どれだけ楽しくて幸せなの
だろうな、なんて羨ましくなってしまう。2009年に名門Stones Throwに見出され、30歳
という年齢でデビュー作をリリースした遅咲きとも言える彼の才能は、4作目となる本作に
おいて、ますますその輝きを増していくかのようだ。個人的には同い年ということもあって、
幸運にもデビュー作からずっと彼の音楽をリアルタイムで接していることも含めて、正直、
贔屓にしている面もありますが(笑)、彼の音楽には年齢も人種もジャンルも関係の無い、
タイムレスな魅力があるというのは、今更ここで強調することもないだろう。

80'sモダン・ファンク趣味に振り切ったtuxedoでの活動を経てリリースされた本作は、
過去3作やタキシードの作品、それぞれの要素がバランス良く散りばめられ、レトロであって
新しくもある、というメイヤー・ホーソーンならではのサウンドになっている。先行公開
されていた"Cosmic Love"こそ、初期のヴィンテージなレトロ・ソウル風で1st時の作風に
回帰したのかな、などと私自身も当ブログで書いたが、全体的には70's~80'SなAOR風味の
音が随所に盛り込まれている。勿論、私にその手のサウンドを語る上で必要な音楽的語彙が
圧倒的に欠けていることは承知の上で書き進めていくが、いかにもアメリカン・ロック
テイストなギターのツイン・ハーモニーで始まる"Fancy Clothes"なんかは、ちょっと
今までにない雰囲気かも。ギター・ソロを導入した曲は今までにもあったけれど、
それらとも違った味わいです。その始まりの後、レゲエ調の楽曲へと移行するのも
渋いです。メイヤー氏得意のファルセットも冴えまくり。彼の歌声は、作品をリリース
する毎に、艶も説得力も増していくのが素敵ですね。

個人的に気に入ったのは"Love Like That"辺り。この曲も先行で公開されておりましたが、
80年代初頭の香り漂う楽曲アレンジとメロディがたまりません。日本盤ではこの楽曲の
タキシードREMIXがボートラで収録されているが、それもまた最高なんです。
是非、日本盤を買いましょう(笑)。

初期の彼の楽曲に見られた、ストリングスを使った瀟洒でクラシック・ソウルな
雰囲気の楽曲は"Get You Back"くらいで、ラスト曲"Out Of Pocket"で全編に渡り
盛り込まれているヒューマンビートボックスによるトラックなどの要素はあるものの、
ヒップホップ色も今回は(そういえば前作ではKendrick Lamarが参加していたし)控え目
といった感じではある。とはいえ冒頭で述べた通り、ジャンルを飛び越えた上で生まれる
楽曲の素晴らしさ、そのタイムレスな魅力こそが、彼の音楽の本質であるのだから、
あまりそういった比較などは意味を持たないのであろう。

本作は、タイトルも含めて彼の都会での生活で得た経験がフィードバックされていると
いう。それは一見華やかではあるが、孤独な面もあると彼は言う(日本盤ライナーに
そういったニュアンスの事が書かれておりました)。そんな移ろいやすい世界に身を
置きながらも、相変わらずナードな見た目はデビュー時から変わらずに、気の合う
仲間たちと好きな音楽を作る彼の持つ音楽愛がたっぷりと、こぼれんばかりに
詰め込まれた本作のようなアルバムが悪いわけがないし、そのダンディ、その理知、
そのバランス感覚、その確かな誠実さは、メイヤー・ホーソーンが掛け値無しの本物で
あるということを、如実に表すものであろう。

今年はサマーソニック、そして単独での来日も予定されているので、どうにか一回は
彼の雄姿をこの目で確認したいものである。

 

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DEFTONES 「GORE」




私にとって、デフトーンズという存在は一際特別な意味があり、あだやおろそかに
できない、できるわけがないバンドの1つである。1997年にリリースされた彼らの
セカンド作Around the Furでデフトーンズと出会い、もう20年近く彼らの音を
聴き続けている私ではあるが、本作で提示されたデフトーンズの"今"は、やはり
美醜の境界線を破壊し、混沌の濁流に放り投げ、時に白昼夢のように揺蕩いながら、
確かな存在感を刻み込んだ、何処を切ってもDEFTONES節としか言いようのない
サウンドの魔力には、やはり抗えないのである。

とはいえ、裏を返せば何か新機軸があるというわけではなく、あえて言ってしまえば
ここ数作の作風を踏襲しつつも、時にエクスペリメンタルな、掴みどころのない空気感を
強めたような音であって、ファン歴の長い短いは関係なく、はっきりと好き嫌いが分かれ
そうなアルバムだろう。リード・トラックの"Prayers / Triangles"こそ、00年代以降培った
王道のデフトーンズ・サウンドで、静と動のダイナミズム、美麗なメロディが非常に分かり
やすい出来栄えではあるが、所謂キラー・チューンのような楽曲はほとんど無いというのが
私個人の印象だ。変拍子のリズムでヘヴィなギター・リフがうねる様な"Doomed User"
にせよ、前半はアンビエントなトラック、中盤から後半にかけて徐々に盛り上がりを見せる
"Hearts And Wires"にせよ、90年代的なギター・リフが印象深い"Xenon"にしても、彼らが
今まで生み出してきたサウンドの範疇内であって、もしかしたら古参のファンからは特に、
厳しい目に晒されるのではないか。勿論、初期2作の音を期待しているような人は、とうに
ファンを止めているとは思うが……。

全体的には、チノ・モレノ氏が課外活動で吸収してきたエッセンスがフィードバックされている
雰囲気が濃厚で、00年代のポスト・ハードコア的、またはISISなどのポスト・メタル的な要素も
随所に感じられる(特にギターの音に)。とはいえ、それらもデフトーンズが以前から持っていた
要素であるとも言えるし、そもそもポスト・ハードコア系のバンドは、デフトーンズに影響を
受けている連中が実に多い。これはファンの贔屓目ではあるが、新しい才能にも積極的に関わって、
刺激を受けるデフトーンズは実に純粋な音楽ファンである、という風にも取れるし、私はそんな
彼らの姿勢が大好きだ。勿論先人たちのリスペクトも忘れることはなく、国内盤のライナーを
読む限りだと、本作の幾つかの楽曲で使われているヴォーカル・ディレイは、モリッシー(!)の
ソロ作品から影響を受けて生まれたものだとか。そして何より、"Phantom Bride"における
ギター・ソロ。事前情報が無ければ、明らかにデフトーンズじゃない(笑)ソロに戸惑うこと
請け合いのこれ、何とアリス・イン・チェインズのジェリー・カントレル先生の手によるもの
なのだ。デフトーンズとアリス・イン・チェインズの邂逅……私のごとき90年代男からすれば
感涙せざるを得ないわけだが、ジェリー氏のレコーディングに立ち会い、チノ氏は涙を流した
そうです。そりゃそうだよね。

歴史的傑作White Pony(00年)がリリースされた頃、デフトーンズを評して、ヘヴィ・ロック界の
レディオ・ヘッドなどと言われていた事を思い出す。今も、革新的なヘヴィ・ロックバンドとして
評価を受ける彼らだが、そういった枕詞のような文言は、現在の彼らに対してはどうなのだろう、
と考える。00年代以降、それこそ革新的なヘヴィ・サウンドは多く生まれたし、恐らくそれらの
バンドの中で、デフトーンズに憧れている面々も多くいるだろう。2016年の今、デフトーンズの
サウンドは革新的というよりは、孤高なのである。数学的正しさすら感じる、疑いようのない
一個の芸術品なのである。デフトーンズとしか言いようのない音世界を深化させ、その高潔なまでの
美学が、ベテランらしい円熟が、今尚変わらない音楽に対する敬愛、そして畏怖が、彼らの音を凡百の
バンドとは次元の違う高みへと誘っているのだ。

私は自分にとってどんなに大事なバンド、アーティストであろうとも、究極的には、盲目的に愛する
ことなどは絶対にできない性質である、と自覚している。鳴らしている人ではなく、鳴らされている
音で判断する。それが昔から変わらない私のスタイルだ。それゆえ、本作を手放しに絶賛すること
などはしないし、優劣をつけるのなら、彼らのディスコグラフィにおいて、際立ったクオリティを
感じるわけでもない。それでも、デフトーンズがデフトーンズで在り続けている音であることも、
また事実なのである。それこそが、私にとっては最も重要なことなのだ。

アルバム・タイトルの「GORE」の意味は、各自調べてもらえれば分かる通り、何とも物騒な意味合い
を持っている。私(ゴア、と聞いて思い出すのはH.G.ルイス氏、というような人間です)としては、
ホラー映画などで馴染み深い言葉だ。ある種強烈な言葉と、アートワークの爽やかさとの鮮烈な
対比などは、バンド側も意図するところであろう。それは、彼らの音楽性にもそのまま当てはまる
ものなのだから。


尚、本作は故チ・チェン(B)氏が亡くなられてから初めての作品となる。ジャケットのアートワークも
そう考えると、未来志向を感じさせるものであって、何だか感傷的になってしまう……。


2/10(木) 渋谷クアトロ 〜 DEFTONES来日公演レポ。

at 02:32, 某スタッフ, Music(Recommend)

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