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madeleine(demo)
by Mizutamari (From Japan)
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3/4(土) 東京キネマ倶楽部 〜 CREATURE CREATURE "Death Is A Flower: The Second Volume" Final

 

 

あらゆる観念の相克、その二元論の中で、冷徹な視点の先と、灼けつくような情熱とが、

絡み合い乱れ合う音魂の応酬。本物中の本物、絶対的な存在。

 

CREATURE CREATUREは、まさに1つのピークを迎えようとしている。観た人にだけ

それが分かる、濃密な3時間。共感ではない。繋がりではない。自己の覚醒を促すほどの

強烈な、鮮烈な、あまりにも美しいヘヴィネスが、此処には在るのだ。

 

というわけで、2015年6月以来のCREATURE CREATUREである。知っている人は知って

いるだろうが、この日はMORRIE御代の誕生日。毎年、バースデーライヴとしてソロで

公演を開催するのが恒例になっており、私も御代が50歳を迎えた時のライヴには足を

運んだが、今回に関してはソロでのライヴではなく、CREATURE CREATUREとしての

ライヴと相成ったわけである。

 

結論から言うと、今回ほどMORRIE哲学とでも言うべき、彼の本質に迫ることができたライヴは

個人的には初めてであったし、CREATURE CREATUREというバンドが、日本のロック・シーンに

おいて、過小評価どころか一部界隈にしか知られていないという現実に愕然としてしまった、

という何とも歯痒い気持ちにさせられたライヴでもあったのだ。好き嫌いではなく、この破格の

存在を無視する日本の音楽ジャーナリズムとやらは、一体何をしているのだと。

 

ライター仕事をしている私がそんなことを述べた時点で、それは鋭利な刃となって自分自身に

突き刺さるというのは重々承知の上ではあるが、ともあれ苦言を呈したくなるのは致し方ない。

それほど凄いライヴを見せてくれるのだから。

 

 

16時半開場と随分早い時間設定ではあったが、結局客を会場に入れたのは17時過ぎになってから。

リハーサルが押したのかどうかは分からないが、開演自体も30分強押し、18時を少し過ぎた辺り

となった。SEと共に現れたメンバー、ヘアー・スタイルから出で立ちまでいつも通りばっちり

メイクを決めたHIRO氏の姿を見て、思わずガッツポーズですよ(心の中で)。SHINOBU氏は

貴公子的な出で立ち、人時氏はパーマをかけたお洒落な髪でファッション的には割合にラフ。

ササブチ氏は……アイライン程度には化粧を施しているものの、限りなくラフ(笑)。前回観た

時は髪型もメイクもがっつり、といった感じであったが、このバンドのライヴではそんな化粧も

すぐ落ちると理解したのかもしれない。観るたびに逞しくなっていく肩幅からして、そんな風に

邪推してしまった。

 

美しくも黒い男達の中で、一際輝く艶やかな華のような存在、ヴァイオリニストにしてMORRIE氏

の愛妻、Heather Paauwe女史が登場した瞬間、どよめきと温かい拍手が巻き起こったのが印象的。

事前告知は無かったように思われるし、今回はソロ公演ではないから、恒例となっているゲスト・

ミュージシャンの参加は無いとオーディエンス側も考えていたからだろう。この面子に混じって

歌う清春氏なんて想像できないし(笑)。人時氏と並ぶなんて、照れくさいんじゃないかなと。

 

閑話休題。最後に登場したMORRIE氏、いつからかその肉塊が朽ちていくのを止める術を、何者

からか伝授されたのではないかと疑いたくなるほどに、恐ろしく変わらない御姿のまま。

妖気すら放たれる圧倒的オーラを全身感じつつ、ライヴは幕を開けた。

 

ツアー・タイトル通り、新曲中心で構成されたセット・リストは、全国流通の発売まで購入を

控えている私としては、非常に興味深いものがあった。ツアー最終日ということもあって、

新曲もライヴを重ねていく上で、よりこなれたものになっていったことは想像に難く無いし、

一流のミュージシャンが、己の技量の全てでもって挑む楽曲群は、更に複雑に、更にヘヴィに、

鮮烈な、強烈な異形の美を生み出しており、グルーヴに身を任すことさえも容易に許さない

ような、高潔な美学に満ち満ちており、明らかにバンドが過去の音源とは全く違う次元に突入

したことを、如実に示すものであろう。それ故に、最新作メインで進行していった前半に

おいては、披露された過去曲が"Phallus Phaser""Black Hole"といったプログレッシヴな

構造を持った楽曲であったことも、実に明確なバンド側の意思が働いていることは間違いない。

 

MORRIE氏自ら、「5人目のメンバー」として紹介された……え? 5人? とその場にいた誰もが

思ったはずだが、ライヴ後半で「6人目だね」とこっそり訂正されておりました(笑)、麗しの

奥様Heather女史を呼び寄せ、3曲ほど6人でのCREATURE CREATUREを披露。単に美しい

だけでない、時に狂おしいノイズをも放出するヴァイオリンが重なると、相乗効果抜群で

ある。個人的には"天醜爛漫"が特に良かったな。7拍子からサビで3拍子へと移行していく

ドラマティックな構造を持った楽曲だが、人時氏とササブチ氏のリズム隊によるプレイが

非常に素晴らしかった。HIRO氏のギターとヘザー女史(彼女自らHIROの元へとやってきた

というのがミソ)のヴァイオリンの濃厚なセッション的展開は燃えましたな。お互い一歩も

譲らない、といったような雰囲気が実にクール、超カッコいい。

 

この辺りでMCが入ったと思うが、ツアーファイナルということで、メンバー全員に喋らせる

MORRIE氏。「最後にすると面倒になる」という理由でササブチ氏がトップバッターを務めて

いたのには笑ったが、「お酒が美味しかったな〜」というのを繰り返すだけで、ああ成程と(笑)。

人時氏は彼らしい人柄の出た、実に真面目な感想。SHINOBU氏は「楽しい、終わりたくない」

といった正直な言葉を述べていた。HIRO氏は、ツアー中の思い出なども語りつつ、人時氏の

コーラスの練習を邪魔した、などといったお茶目な一面も。嗚呼、ラクリマのメンバーが

黒夢のメンバーのコーラスの練習を邪魔する日が来るとは……などと私のような90年代男

からすれば、何とも感慨深い気持ちにさせられたな。似たようなことはもう何遍も書いて

いるような気もするが、何遍でも書きたいのだ。

 

後半戦はそれこそ90年代ビジュアル系の魂や此処に、と言うべき"楽園"を皮切りに、凄まじい

テンションで突っ走る。53歳のMORRIE氏、何ら疲れを見せるようなこともなく、咽喉の調子も

絶好調。今回特に感じたのは、時折挟み込まれるオーディエンスへの男気溢れる煽りが、

いかにも80年代ジャパン・メタルという出自を感じさせるのが、また良い。今回は特にそれを

感じたな。2015年のライヴの時点で既に演奏されていた、"Decadent Angel"ではMORRIE氏

自ら「人時!!」と叫び、作曲者の人時氏がステージ前に来て、いかにも彼らしいベース・ライン

を弾き倒す。"Amor Fati" "SEXUS" "Dead Rider"と定番曲を立て続けに叩き付け、ラストは

MORRIE氏の「ササブチ、最速!!!!」という無慈悲な指令が下り(笑。ササブチ氏、死にそうな

顔してたなあ)、激烈な"Swan"で〆。並の20代30代のロック・バンド達が裸足で逃げ出す

であろう強烈過ぎるパワーに、37歳の私も鼓舞される思いであった。

 

アンコールは各自のソロからスタートで、まずはササブチ氏がビートを刻み、人時氏が現れ

ベース・ソロを披露。これがまた、黒夢でのアヴァンギャルド寄りのソロ・タイムとはまるで

違う、オーソドックスなプレイであったのが印象的だ。スラップとかバリバリやってたし。

続いてSHINOBU氏が登場して流麗なソロを、少し時間を置いて登場したHIRO氏も、さすがの

余裕綽々なプレイで魅せた。やはり一流のミュージシャンによるこういうセッション・タイムも、

実に贅沢なライヴの貴重な一時である。

 

その後、何とステージ下から(!)MORRIE氏が登場し、セッションからそのまま曲へと雪崩れ

……と思ったら。演奏がストップしてMORRIE氏が思わず苦笑い。そのままHIRO氏による

ハッピー・バースデーのメロディがプレイされ、オーディエンスの合唱に包まれました。

 

「来ると思ってたけど忘れてた」なんて仰っていたMORRIE氏、「男の子なんで泣きません」

みたいなことまで口にしていたが、とても嬉しそう。

 

が、この後MORRIE氏がおもむろに語り出した話は、私にとっては、これ以上は無いほどに

MORRIE氏が見据えている世界、その一端を理解するにあたり、非常に重要なものとなった。

ある意味、ライヴそのものよりも貴重だったかもしれぬ。長くなるのでこの辺りは割愛しよう。

 

仕切り直しで披露されたのは"ゾーン"。ワウの効いたギターとグルーヴィンなベースが

エロティックですらある。ヘザー女史が再度登場して"Pysche"も披露されたが、残念ながら

機材の調子が悪く、ヴァイオリンの音が前半は出ていなかった。こんな時、思いっ切り

苛立ちをあからさまに出していたのが、やっぱり外国の女性だな〜なんて妙なところで

感心してしまった(笑)。旦那の晴れ舞台なのに!! って感じで、正直そんな一面も素敵

でしたな。その後は、HIRO氏の「何処へ?」という煽りからの「エデンまでー!!」という

コール&レスポンスもあった"エデンまで"、ラストの"Aurora"まで一切の中だるみもなく

バンドは一丸となって駆け抜けた。全員がステージを後にしてからも拍手は鳴りやまず、

再び全員(含むヘザー女史)出てきて、ステージ中央に集まって肩を組んで深々と一礼。

3時間に及ぶライヴは幕を閉じた。

 

 

何度も書いていることだが、先鋭的なヘヴィネスを試みているバンドに少しでも興味が

あるのなら、必ずCREATURE CREATUREを聴いてもらいたい。現代的なメタルコアや

Djentといったヘヴィ・ロックでは絶対に得ることのできない快楽愉悦が味わるはずだ。

ISISやTOOL、完全にプログレ化する前のOPETH等々、好きな人達も是非聴くべし。

 

なんて、ライター仕事の延長みたいになってしまったが(笑)、とにかくもっともっと

多くの人に聴いてもらいたい音なのだ。無論、大衆向けの音楽ではまるでないし、

聴く人を選ぶ音楽であることは間違いないのだが、そろそろO-EASTやリキッドルーム

辺りのハコで観たいのだ。もっといえばフェスの大舞台で演奏する彼らが観たい。

 

でも、そもそもフェスとかは美学に反するのかな(苦笑)。ともあれ、今年6月には再び

ツアーも始まるCC。できれば、もう1回観ておきたい。

 

今回も素晴らしい一夜を過ごすことができた。ありがとう、CREATURE CREATURE。

 

<MORRIE哲学について>

 

私は彼の大ファンというわけではないし、インタビューの類いもあまり読んだことがなかった

こともあり、数回のライヴでの話と詩に書かれた言葉の数々で、自分なりに想像していたに

過ぎないのだが、今回はMORRIE自身の口から三島由紀夫やデカルト、ボードレール、更には

埴谷雄高といった、具体的な人物名が挙げられていたので、一人合点がいった次第である。

常々、MORRIE氏の言う「自分が自分であるという認識」というのは、氏がMCでも触れていた

『仮面の告白』を挙げるまでもなく、安部公房氏との対談で、「俺には無意識というものはない」

などと豪語していた三島由紀夫という存在が私の中でちらついていたし、埴谷氏に関しては、

ああ、やっぱりMORRIE氏も『死靈』を読んでいるのだな、と納得したのだ。個人的に。

 

「中世だったら、神を見たと言っていたかもしれませんね」とMORRIE氏は述べていたが、

いみじくも、澁澤龍彦氏は三島由紀夫に対して、「(氏には)絶対者が必要であった」と

指摘しており、三島氏は死ぬまで肉体的な存在感を求め続けたと書いている。

MORRIE氏は、虚無主義についても軽く触れていたし、ニヒリズムが自分の裡に在る

ことも重々理解しているようであった。楽に死ねますよ、などと冗談めかして話して

いたりもしていたが、生まれた時は単なる肉塊でしかない"何か"が(母的な存在に対する

執着が創作の原動力となっている、MORRIEと並ぶカリスマである櫻井敦司氏との

作詞家としての資質の何たる違い!!)、如何様にして自分になったのか。その奇跡を、

MORRIE氏は実に楽しんでいるように見える、というのは重要なポイントであろう。

一切の無駄が削ぎ落とされた肉体も、三島由紀夫の著作『太陽と鉄』に書かれている

ような、自己証明が必ず自己破壊にゆきつくところの筋肉の特性、というある種絶望的な

論理を当てはめることは出来ない気がするのだ。

 

コンポーザーであり、マルチ・プレイヤーでもある彼は、プロデューサー的な視点が

常にあって、それ故にどんな時でも客観的な自分が自分を見ているということになる

のだろうが、つまりそれこそは、ボードレールの言っている「死刑囚にして死刑執行人」

ということであるのだが、訓練しているから自在に行き来できるなどと嘯くMORRIE氏に、

ニヒリストやナルシストの影はあまりちらつかないのだ。

 

そもそも、「この感覚、分かります?」といったような発言なんぞは、裏を返せば、

「君らには分からんよね」と言っているようなものであり、インテリ気取りの実に

嫌味ったらしい言い回しにしか聞こえないはずなのに、まるで嫌味になってないと

いうのは、MORRIE氏の美徳としか言いようが無い。関西人ということが関係して

いるのか、実にあっけらかんとしているのだ。バンドマンとして、手練れの面子と

共に音楽を作る楽しさを知っていて、その喜びがちゃんと伝わってくるというのも

留意して頂きたい。恐らくは、この境地に辿り着くまでに多くの苦悶があったのだと

想像するが(彼の音楽キャリアの中で、沈黙していた年月は非常に長い)、やはり生来の

気質であるのだろう。だからこそ、MORRIE哲学は実に面白い。

 

私自身、彼の感覚が完全に理解できるなどと言うつもりはまるでないが、やはり本質的な、

根源的なところまでの理解を求めるのであれば、ある程度の文学的教養は必要なのだろう。

言うまでもなく、そんなものは今から読んでいけばいいだけのことであるし、理解などは

できなくても、音楽のカッコ良さを感じることができれば、何の問題も無いのだ。

 

そう考えると、MORRIE氏の思想哲学を言語化しているのは、彼自身の言葉ではなく、

詞も含めた音楽そのものと言えるのかもしれない。

at 23:59, 某スタッフ, Music(Live Report)

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