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by Mizutamari (From Japan)
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<< 7/11(火) 新代田FEVER 〜 SONDRE LERCHE PLEASURE JAPAN TOUR 2017 -TONE FLAKES Vol.119 - | main | RAINER MARIA 「RAINER MARIA」 >>

Chester Charles Bennington (March 20, 1976 – July 20, 2017)

 

「Now I see your testing me pushes me away」

 

 

スコット・ウェイランド、クリス・コーネル……自らの少年時代に憧れたであろう、

そして長じてからは友人としても交流のあった、音楽史にその名を残すヴォーカリスト達の

哀しい結末まで踏襲してしまったのか。強靭な咽喉とは裏腹な、否、盾の両面のように

常に彼らを支配していた心の弱さ、脆さは、それほどに深い闇であったのか。恐らくは

そうなのだろう。だとしたら、あまりにもやりきれない。

 

00年代以降のヘヴィ・ロック・シーンを牽引し、途方もない商業的成果を収めながらも、

常に向上心を忘れず、批判にさらされようとも前進し続けたLINKIN PARKのフロントマン、

最強のヴォーカリスト、チェスター・ベニントン氏が永眠されたという、痛恨やる方なき

ニュースを目にして、よく分からない気持ちのまま、こうして文章を書いている。意味が

無い作業なのだろうが、こうでもしないと仕事も何も手が付かない。

 

 

デビュー作Hybrid Theory(2000年)の輸入盤が店頭に並び始めた頃、試聴して度肝を

抜かれたのは17年経った今も――17年も経ってしまったか――よく覚えている。90年代男

の私としては、当時全盛だったラップ・メタル〜ラウド・ロックの新たな新人か、くらいの

気持ちで手に取ったのだと思う。リンプの"NOOKIE"くらいの楽曲があれば、超売れるかも

しれない、なんて夢想していたのも懐かしい思い出だ。実際、超売れるどころの騒ぎでは

なかったのは、今更言及するまでもないだろう。

 

そもそも、LINKIN PARKの音楽は明らかに他の同系統のバンドとは違っていた。ラップとヘヴィな

ロックの融合、クラブ・ミュージック的、エレクトロニカ的サウンドの導入、といった方法論の

話ではない。あくまで彼らの作り出す楽曲自体に、そういったものを感じ取ったのだ。

 

ファニーな要素は一切無し、それでいてFワードを使うこともなく、迫りくる哀切、激情、絶望を、

聴いているこちらが震えるほどの絶叫と、あまりにも素晴らしいメロディで歌い上げる、細身で

タトゥーだらけのルックス(この時点で、KORNやリンプとは全然違うタイプであった。むしろ、

コンヴァージのジェイクを想起させる)チェスター氏の存在は、スタジオ音源の時点で既に破格の

存在であったのだ。彼の歌唱法を聴いて、シャウトやスクリームの魅力を知った、という話を

昔知り合った熱心なエモ〜スクリーモ好きから聴いたことがあるが、実際、チェスターの歌唱は

00年代のスクリーモ世代にとっては大いなるインスピレーションの源泉であったに違いない。

同時に、誰も真似の出来ないオンリーワンな存在であった。数年後に実際ライヴで観て、ああ、

彼は10年に1人現れるか否か、くらいの特別な人なのだ、とんでもないヴォーカリストなのだと

確信に至ったことも、個人的な思い出として改めて書いておきたい。

 

デビュー時は、だぼっとしたファッションで身を包み、金髪(赤髪の時期もあった)にして、

いかにもラウド・ロックをやっている人です、といったような雰囲気を出していたが(デビュー作の

裏ジャケットを見るがいい)、それはきっと、彼の実像からはかけ離れていたのだろうなと思う。

 

晩年(こんな事を書く日が来るなんて)の彼は、大きく舵を切った音楽的方向性を示した新作が、

致し方無いことではあるが、ファンから非難を浴びたことに対して、大人げない反応を示し、

あのコリィ・テイラー(!!)に苦言を呈されたりもしていて、精神的に不安定ではあったのだろう。

デビュー作のスタイルに戻ってくれ、などと懇願するファンの気持ちは、勿論誰に否定できる

ものではないが、初期の彼らはあまりにも売れたせいか、かつ汚い言葉を歌詞に使わなかった

こともあって、00年代のボン・ジョビなどと揶揄されていたことも思い出す。そういう背景を

知らない若い衆も多いだろうが、何とも皮肉なものであろう。

 

私自身は、例の最新作One More Light(2017年)は、音楽的な変化なんぞとは全く関係なく、

特に良いアルバムだとは思わなかったが、何度も書いているように、LINKIN PARKは1つの

音楽性に留まることなく、常に新たな一歩を模索していたバンドである。あくまで可能性の

1つでしかなかったはずだ。やりたいようにやってくれれば良かったはずだ。それなのに……

 

 

野暮な事を書きすぎた。この記事を読んで、こうして文章を書いている自分の浅はかさを

痛感したが、それでも書かずにはいられない。書けば書くほど、失った存在の大きさが重く

圧し掛かってくる。かつてサマーソニックで体感した、"Pushing Me Away"を今聴いて、

涙が止まらない。文章にしたからといって昇華できるものではないが、自分にとっては

必要な作業であった。私自身も大好きなヴォーカリスト、ジェシー氏の痛烈な言葉を、

今後も忘れないようにしていこう。

 

 

原因なんぞは誰にも分からない。我々聴き手に残されたのは、冷徹な、残酷な現実である。

素晴らしい音楽に心を躍らせた、心を震わせた、あの日の思い出である。

 

ありがとう、さようなら。

at 14:35, 某スタッフ, Music(News)

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