smtwtfs
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< March 2020 >>
sponsored links
profile
flag counter (2011 7/22〜)
free counters
Free counters
My Music Works

madeleine(demo)
by Mizutamari (From Japan)
スマートフォンの方は↓で。
スマホ版表示
new entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.
<< Bonnie Pink 「evil and flowers」 | main | とりあえず。 >>

Cocco 「クムイウタ」

 

 

1998年の今日、Coccoにとっては通算で2枚目となるオリジナル・アルバム、

『クムイウタ』がリリースされた。

 

――前回の記事から1カ月近く、最高だったPHOENIXの来日公演のレポート記事も書かず、

そもそもプライベートでも仕事でも慌ただしく、挙句の果てには39歳になっていた――

のはいいが、本当に久々に、仕事ではない文章をこうして書いている。偶然ではあるが、

前回のBONNIE PINKに引き続き、90年代を代表する女性SSWの傑作アルバムについての

記事となった。1998年という時代ならではのものかもしれない。

 

Coccoに関しては、パブリックなイメージもかなり強い人だし、多方面からの切り口で

語ることの出来るアーティストであろう。私はいつも通り、このシリーズ記事においては、

リアルタイムで出会った「音」として、当時の事を思い出しながら好き勝手に書いていく。

 

19歳になったばかりの、更に言えば英米のオルタナを中心とした洋楽にどっぷり漬かっていた

私にとって、このアルバムとの出会いは衝撃的なものであった。10代で出会った作品の中でも

その衝撃度、感動、聴きまくった回数(笑)、どれも上位に入るものである。こんなアルバムが

チャート1位になったのだから、ヤバい時代だったなあ……。

 

1.小さな雨の日のクワァームイ

 

クワァームイとは子守りという意味である。アルバムのライナーにそう書いてある(笑)。

そもそも、クムイウタという言葉が子守歌という意味なので、オープニングに相応しい

1曲と言えるだろう。

 

Coccoのアカペラで歌われるメロディは、それこそ子守歌のようだが、主語もないし

誰に対しての歌なのかも曖昧な歌詞であり、何となく不穏な雰囲気が漂っている。

当時、彼女は21歳。前作『ブーゲンビリア』(1997年)は「首。」(名曲!!)が

1曲目という事を鑑みるに、アーティストとしての着実な成長が感じ取れる。

 

2.濡れた揺籃

 

何回聴いても、何度となく聴いても、"クワァームイ"からこの曲のイントロが流れる時の

瞬間に漲る、恐ろしいほどの緊張感、恐ろしいほどのカッコ良さは格別である。

これぞ90年代オルタナのお手本とでも言いたい変則的な白井良明(ムーンライダーズ)氏

によるギター・リフ、うねりまくる根岸孝旨(Dr.StrangeLove)氏のベース、山内テツ氏の

乾ききったドラムスから放たれる独特のグルーヴ――最高としか言いようが無い。

 

「そうよ羽ばたくように落ちていくわ 夢見るように堕ちていくわ」

 

根岸孝旨氏は本作のプロデューサーで、Coccoのキャリアを初期から中期にかけて支えた

人物だ。蛇足ではあるが、90年代後半は彼や亀田誠治氏といったベーシストがプロデューサー

としての才能を開花させ始めた時代でもある(勿論、故・佐久間正英氏や後藤次利氏といった

ベーシスト出身のプロデューサーは以前からいたが)。90年代のJ-POPはプロデューサーの

時代でもあるのだが、TKなどに代表されるキーボーディストが主であったが故に、時代の

変化というものを当時感じさせたことは、今もよく覚えている。

 

3.強く儚い者たち

 

Coccoを代表する楽曲の1つ。ノイジーなギターと穏やかなトラックとが上手く融合し、

基本となるレゲエ調のリズム・パターンも軽やか。美しいメロディ、覚えやすいサビでは

あるのだが、その歌詞に描かれる世界は何とも意味深長なものである。Coccoが行使する

レトリック――彼女は何も意識してはいないだろうが――は、逆説的でありながら、

人が持つ暗部を照らし出すのである。

 

ちなみに作曲は柴草玲氏で、上述した「首。」も彼女が作曲を手掛けていることを記しておこう。

 

4.あなたへの月

 

名曲!!!! この楽曲は後にリリースされる超・超名曲「雲路の果て」のカップリング曲として

再録されるので、そちらも是非聴きましょう。

 

静と動を行き来する、いかにもオルタナ流儀なサウンド・アレンジで、ワウを効かせまくった

ギターがたまりません。ドラム・パターンもベース・ラインも、ほんと、私のような人間には

心からしっくりくる(笑)。何というか、このドライな音像でありながらも、ドメスティックな

湿り気の残るサウンドは、90年代後半の日本の音楽シーンならではのものかもしれない。

90年代半ばくらいまでの日本のヒットチャートを支配していた、所謂TKサウンドやビーイングの

サウンド(勿論それはそれで好きだが)とは違う、90年代オルタナ〜グランジを通過した上で確立

された"J-POP"なのだ。Coccoの初期作品は、90年代後半という時代と添い寝した、それでいて

タイムレスな音楽であるというのは、改めて強調しておきたい。

 

5.Rose Letter

 

ほんのりアシッド・フォーク的、これまたオルタナばりばりな1曲。全編英語詞である。

Coccoが英語に堪能であるのかどうかは不明だが、その出自というか、色々と憶測もあるらしい。

私にはあまり関心の無いことなのでここでは深くは追及しない。

 

難しい単語などは使ってはいないが、英語詞でもCoccoの世界観はきっちり表現されている。

更に言えば、Coccoのアルバムの歌詞欄には、英語の対訳が載っている。この楽曲は英語詞

なので、当然ながら和訳が載っているのだ。

 

6.My Dear Pig

 

可愛らしいトラックに乗せて、何処か叙情的なメロディで、とんでもない歌詞を歌っている

のが素晴らしい(笑)。わざとサウンド・プロダクションを荒くして、まるで古いレコードを

聴いているような、ノイズ混じりの音にしているのも効果的。牧歌的なたて笛すらも怖い(苦笑)。

 

7.うたかた。

 

全編ストリングス・アレンジの楽曲だが、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロを使うのが、

何となく90年代オルタナ的である。「デイゴ」(沖縄の県花)という言葉は、私世代なら

THE BOOMの「島唄」で知った人も多そうだ。私はそうです。

 

こういう曲を聴けば、Coccoというシンガーソングライターの地力というか、天性の才能を

知ることができよう。楽譜読めないし楽器も弾けないそうだが、彼女の歌声とメロディ、

そして歌詞の才能は疑いようの無いものなのである。

 

8.裸体

 

来ました来ました、最高!!! 大好き(笑)。今の自称ヘヴィ・ロックとか何とか言ってる連中

(国問わず)は、ダウン・チューニングのデスコアだのDjentだの聴く前に、これを聴け。

Coccoの叫びに震えろ。狂ったギター・ソロからベースだけのトラックになる瞬間に訪れる

得体の知れない恐ろしさを体感しろ。ポーズで狂人ぶっているような奴らが泣いて逃げ出す、

最高のヘヴィ・オルタナの魔力は、20年経っても全く変わらないのだ。

 

「ただ吐き気がするの」

 

9.夢路

 

叙情的で美しい1曲。何処となくUKロック的であるし、やはり90年代後半の日本の音、と

言える楽曲だ。もっと言えば、根岸氏がプロデュースしてるGRAPEVINEにそっくりとも

言える(笑)。こういう音を出すバンド、あまり見かけなくなってしまったなあ。アレンジ

というよりも、各楽器の鳴りの問題なんだと思うが・・・・・・。

 

初期Coccoの楽曲の中でも、特に詩情豊かな曲である。自称個性的な世界観の〜などと評価

されて大満足な自称ヴォーカリスト達は、こういう曲を聴いて猛省すべし。

 

10.SATIE

 

ワルツのリズムで綴られる佳曲。この曲も英語詞だ。ベースのみならず、アコギも根岸氏が

担当している。SATIE、とは何を示すのかは分からないが、エリック・サティのことかな?

特定の意味は無いのかもしれない。

 

11.Raining

 

あまりにも美しいメロディで歌われるのは、あまりにも衝撃的な歌詞。Coccoの死生観が

赤裸々に綴られているが、こういう楽曲は安易な共感を得がちでもある。勿論、聴き手が

どのような解釈をするのも自由なのが音楽だが、私個人としては、この曲が持つ普遍的な

ポピュラリティというか、聴く者の心を揺さぶる訴求力こそが重要であると感じる。

それは才能を超えた、時代と結実した奇跡的な美であり、雨上がりの結晶なのだ。

 

12.ウナイ

 

子守歌から始まった本作は、"姉妹"を意味する言葉をタイトルにした楽曲で終わる。

 

 

本作リリース後から数年後に、Coccoは一度表舞台から姿を消す。その経緯はウィキペディア

でも読めば分かることだし、サード作までのCoccoを熱心に聴いていた私のような不徳漢から
すれば、あの時点でのMステ最後の出演もリアルタイムで観た身ではあるが、Coccoのその後や

本人のパーソナリティにはあまり興味は無い。本作の素晴らしさ、Coccoの歌声と曲が全てだ。

 

見方を変えれば、『クムイウタ』はミリオン・セラーを記録したヒット・アルバムであって、

こんな強烈なアルバムがミリオンというのも、何とも凄い時代だったなと改めて思ったりも

するが、多くの人に聴かれるだけの魅力を持った楽曲があったからこそ、とも言えよう。

 

世紀末に花開いた子守歌。未聴の方々は先入観をなるたけ捨てた上で、何度も聴いたという

方々は、本作の同時代性なんかにも注目しつつ、改めて向き合ってみて欲しい。

at 21:53, 某ライター, Music(20th Anniversary)

comments(1), trackbacks(0), pookmark

スポンサーサイト

at 21:53, スポンサードリンク, -

-, -, pookmark

comment
蛆癒え, 2018/05/18 9:36 PM

こんな音と歌詞のアルバムが売れてたなんて、素晴らしい時代でしたね。

耳障りのいい言葉ばかりが表立ってる今の時代でも、人間らしさってこんな曲たちに表れてるんじゃないかと思ってしまいます。オッサンだね(笑)

それにしてもRainingの歌詞は人生でもhideのDICEと並んで衝撃を受けたことを思い出します。










trackback
url:トラックバック機能は終了しました。